久しぶりのそこは、もう風が冷たくなり始めていた。
病室で目を覚ました時には、まだ夏の初めだったのに。
季節の移り変わりが早く感じる。
"美優ちゃんも検査中でいなかったから、中庭でちょっと散歩してから帰るね"
龍之介くんにそうメッセージを送り、あのフェンスに近付いて深呼吸をする。
どうやら今日も何も思い出せそうにない。
もうここじゃダメなんだろうか。
あの時のような風が吹かないからだろうか。わからない。
悩みながらも中庭をあとにして、病院からも出る。
いつもならバスで帰るところだけど、今日は事故か何かで渋滞しているらしくすごい行列だった。
タクシーの列もすごいし、ここから自宅まで歩いて帰れない距離じゃない。リハビリがてら、すこしお散歩しようかな。
イチョウの葉が黄色く色付く綺麗な並木道を歩き、秋の空気を楽しむこと二十分ほど。
「……!奈々美ちゃん!?」
突然、目の前に現れたのは買い物袋を下げた、見覚えのある女性。
「あ……え、なんで……!」
「ちょっと!大きな声出さないでちょうだい!っ……ほら、こっち来て!」
二週間以上、事あるごとに聞いてきた声。
「いやっ!やめて!」
「静かにして!ほら!」
腕を引かれると、全身に鳥肌が立って上手く歩けない。
それも構わないとばかりに私の腕を思い切り引いて路地裏に連れて行こうとするその女性、───そう、あのおばさんは、慌てた様子で私を路地裏に引き込んだ。
こんなことなら並んででもバスに乗っていれば良かった。
なんて、今更そんなたらればを言ったところでこの状況が変わるわけではない。
私を投げ捨てるように手を離したおばさんは、買い物袋を比較的綺麗な場所に置いてから私に向き直った。