「タイム、リープ…」

 それは言葉通り、俺の記憶と意識を過去に飛ばし、その日を何度も繰り返してきた正体。

「それが、使う度に俺の記憶を削るってことですか」
「あぁ。お前が読み取った情報を元に、その少女の死期が近いその日に巻き戻している。いや、正確に言うと本来、七瀬なつせは死亡している」
「…!それってどういう」

 七瀬なつせは本来死亡している。その言葉を何度も頭の中で繰り返す。

「恐らく、お前の知人だった七瀬なつせは本当の世界で既に死んだはずだ。だがお前が持つその訳の分からない力が、七瀬なつせを救った世界を作るために何度もこの日をやり直している」
「待ってください。俺と七瀬が知人って、俺はタイムリープをする前は初対面だったんですよ」
「くそっ、そこがこのタイムリープの面倒くさいところなんだよ」

 頭をかきながらマスターが吐き捨てるように言葉を続ける。

「いいか。このタイムリープはな、四度目で完全に記憶を使い果たしちまう。つまりだ、お前がその少女と初対面だったそれは、お前が四度目のリープをした後である可能性が高い。そしてリープのカウントも、また一からやり直しってわけだ」

 どうやらこのタイムリープはそう上手くはできていないらしい。七瀬との記憶を代償にして、おまけにその限界は四度目まで。その次にはもう記憶は無くなり、また同じタイムリープを繰り返していく。何度も出会い何度も忘れていく、あまりにも残酷なシステムだ。

「だとしたら、既に二度のタイムリープをした俺は、この記憶のままタイムリープできるのはあと一度…」
「そうなるな。だがもし救えてもひとつ問題がある」
「救えた場合の問題?」
「あぁ。お前はもう一度できると言ったが、このタイムリープはな、救ったという世界に書き換えるために、最後にもう一度だけ時間を移動する。意味は分かるな…?」

 世界を書き換えるために、最後のタイムリープをする。つまり、その時点で三度目のリープをしていたのならば。

「次があっても、その最後のリープで記憶が消える」
「…そういうことだ。なにが『タイムリープ』だ、やり直せれば救えるなんて馬鹿げてんだよ」

 淡々と真実を話していたマスターだが、遠くを見つめるようにため息をついていた。その目はどこか寂しさを感じるような、けれどどうしようもないほどに弱々しく見えた。そうか、もしかしてこの人は。

「マスター。あの、マスターはもしかして…」
「あのな、徹」

 続く俺の言葉を遮るようにマスターは声を張り上げる。

「男にはな、女のために喋るべき時と黙るべき時ってのがある」

 それは低くけだるい、普段のマスターと同じ雰囲気の話し方。

「まず、女が一人で泣かないために男は話をしてやらなきゃいけない。そして、もし女が泣いちまったのなら、そのことを黙っていなきゃいけない」
「マスター…」
「だから黙らせてくれよ。それが、何もできなかった男ができる、唯一の手向けだ」

 そう言って笑いながら、唖然としていた俺の手を肩に手を置いた。

「もう俺に言ってやれることはない。ここにいても、出てくるのはホットコーヒーだけだ」
「マスター。ありがとうございます」

 俺はサロンエプロンとベストのボタンを外していく。

「安心しろ。バイト代はそのままだ」

 時計の針の位置は十六時半過ぎ、まだできることはあるはずだ。手に力を込めながら、店の扉を開く。真実が分かった今、この繰り返される残酷を終わらせるしかない。いつ記憶も消えてしまうか分からない。
 扉についたベルが鳴り止むより早く、俺は滑るように自転車を走らせた。



「─ったく、面倒くせぇな。でも、お前にカフェを継ぐような真似事させる気はねぇんだよ」