「徹、…おい。 …おい、徹!」
「…っ!!」
音と意識が雪崩のように流れ込み、一瞬にして目を覚ます。荒れた息と状況を飲み込もうと、一度深呼吸をする。また同じことが起きているなら、七月二十四日はこれで三度目だろうか…。
目の前ではマスターが半分呆れるようにため息をついていた。どうやら今回はバイト中に目覚めたらしい。記憶が混濁していたが、七瀬を救うことを思い出す。忘れるはずもない。だがどうしてか、これまでの記憶が今までよりも淡くなっている気がする。
「おい徹、お前、今日様子がおかしいぞ?あのなぁ、一応、仕事だってのは忘れんなよ」
バイトが終わったあとに向かったアーケードと十字路で、今まで事故は起きている。それ自体を防ぐのであれば、そもそも七瀬をここに来させてはいけないのかもしれない。
現在時刻は十六時半にさしかかっている。七瀬はまだ学校で自習をしている時間のはずだ。
「マスター、すみません。今日は体調が悪いので、帰らせてください」
身勝手だとは思う。それでも俺がやらないと。この先だって何度でも間違ってやる。それでも七瀬は救ってみせる。
「はぁ、なんだよ急に。それに、休みたいって顔じゃねぇぞ」
顔を覗き込んで鼻で笑われる。
「マスターにはわからないですよ…。失うってわかっているのに、何もできない苦しみなんて!」
思わず叫ぶように吐き捨てる。七瀬の顔を思い出す度に、いつの間にか冷静さは欠かれていった。
「お前まさか…」
「何をするのが正解なのかなんて俺には分からない。どうしてあの日出会ったんだって。でも、だから俺が行かなきゃ」
「おい待て…どこに行く!」
歩き出す俺の手を掴み、マスターが引き留める。それを払うように強く腕をはじいたが、その手は更に強く俺を握り返す。
「離せよ!俺にしかできないんだ…。俺が救わなきゃいけないんだ…。俺が行かなきゃ、七瀬は、七瀬は!」
─ダンッ
「テメェ、いい加減にしろ!!」
その時、声を荒げる俺の胸ぐらを勢いよく掴み、マスターは投げるように壁に叩きつけた。
「うっ!」
激しい音と衝撃に痛みを吐く俺を気にも留めず、マスターは今まで見せたことのない表情で俺の目を睨んだ。
「お前はまた大切な人を死なせたいのか!」
「…!」
衝撃が走る。マスターが、知っている?七瀬が死ぬことをどうして。
「おい徹。お前、今何が見えてる」
「え…」
「お前が言いたいことも、その表情を見てなんとなく分かった。ただ、この先何回でもなんて思ってるなら、それは大間違いだ」
唖然とした俺に、強ばった声で彼は続けざまに言葉を放った。
「お前が見えていた数字は、今どうなってるかって聞いてんだよ!」
「数字…どうして、それを」
言われてから気がつく。マスターを見ても、今まで見えていたはずの数字がない。それに思い返してみれば、一度をしてから、七瀬以外の他人の数字は見えていなかった。
「その焦りようじゃ、恐らく俺のは見えていないか。当然だろうな。お前は今、その七瀬って少女から見えた数字を頼りに、今日に戻ってんだからな」
「…どういうことですか!マスターは何を」
言葉を遮るように、口の前でマスターは人差し指を立てた。
「いいか。お前が見ているその数字は、他人の死期を読み取っているはずだ。ただそれだけじゃない。それと同時に、そいつの『情報』を記憶している、いわば記憶媒体だ」
「記憶、媒体…?」
「あぁ。でもそんな正確にできちゃいない。記憶がすり減っていくんだよ、使っていくたびにな」
他人の『死亡確率』が見える。それは、いつの間にか当然のように感じていた。そして今こうして起きている、七瀬なつせを救うために二十四日を繰り返す現象。だが俺はこの現象で何が起きているのかなんて知り得ていなかったのだ。そこにある真実すらも。
「記憶を使うって…」
一瞬の躊躇い。この真実を知ればきっと怖くなるだろう。それはまるで失った物を思い出したときのような、寂しさと恐ろしさ。それでもきっと知らなきゃいけない。これ以上失ってしまわないために。
俺はマスターの目をゆっくりと見つめた。冷たく落ち着いているが、きっと真実を見てきた、その目を。
「教えてください。俺に起こっている、真実を…!」
「『タイムリープ』だ」
「…っ!!」
音と意識が雪崩のように流れ込み、一瞬にして目を覚ます。荒れた息と状況を飲み込もうと、一度深呼吸をする。また同じことが起きているなら、七月二十四日はこれで三度目だろうか…。
目の前ではマスターが半分呆れるようにため息をついていた。どうやら今回はバイト中に目覚めたらしい。記憶が混濁していたが、七瀬を救うことを思い出す。忘れるはずもない。だがどうしてか、これまでの記憶が今までよりも淡くなっている気がする。
「おい徹、お前、今日様子がおかしいぞ?あのなぁ、一応、仕事だってのは忘れんなよ」
バイトが終わったあとに向かったアーケードと十字路で、今まで事故は起きている。それ自体を防ぐのであれば、そもそも七瀬をここに来させてはいけないのかもしれない。
現在時刻は十六時半にさしかかっている。七瀬はまだ学校で自習をしている時間のはずだ。
「マスター、すみません。今日は体調が悪いので、帰らせてください」
身勝手だとは思う。それでも俺がやらないと。この先だって何度でも間違ってやる。それでも七瀬は救ってみせる。
「はぁ、なんだよ急に。それに、休みたいって顔じゃねぇぞ」
顔を覗き込んで鼻で笑われる。
「マスターにはわからないですよ…。失うってわかっているのに、何もできない苦しみなんて!」
思わず叫ぶように吐き捨てる。七瀬の顔を思い出す度に、いつの間にか冷静さは欠かれていった。
「お前まさか…」
「何をするのが正解なのかなんて俺には分からない。どうしてあの日出会ったんだって。でも、だから俺が行かなきゃ」
「おい待て…どこに行く!」
歩き出す俺の手を掴み、マスターが引き留める。それを払うように強く腕をはじいたが、その手は更に強く俺を握り返す。
「離せよ!俺にしかできないんだ…。俺が救わなきゃいけないんだ…。俺が行かなきゃ、七瀬は、七瀬は!」
─ダンッ
「テメェ、いい加減にしろ!!」
その時、声を荒げる俺の胸ぐらを勢いよく掴み、マスターは投げるように壁に叩きつけた。
「うっ!」
激しい音と衝撃に痛みを吐く俺を気にも留めず、マスターは今まで見せたことのない表情で俺の目を睨んだ。
「お前はまた大切な人を死なせたいのか!」
「…!」
衝撃が走る。マスターが、知っている?七瀬が死ぬことをどうして。
「おい徹。お前、今何が見えてる」
「え…」
「お前が言いたいことも、その表情を見てなんとなく分かった。ただ、この先何回でもなんて思ってるなら、それは大間違いだ」
唖然とした俺に、強ばった声で彼は続けざまに言葉を放った。
「お前が見えていた数字は、今どうなってるかって聞いてんだよ!」
「数字…どうして、それを」
言われてから気がつく。マスターを見ても、今まで見えていたはずの数字がない。それに思い返してみれば、一度をしてから、七瀬以外の他人の数字は見えていなかった。
「その焦りようじゃ、恐らく俺のは見えていないか。当然だろうな。お前は今、その七瀬って少女から見えた数字を頼りに、今日に戻ってんだからな」
「…どういうことですか!マスターは何を」
言葉を遮るように、口の前でマスターは人差し指を立てた。
「いいか。お前が見ているその数字は、他人の死期を読み取っているはずだ。ただそれだけじゃない。それと同時に、そいつの『情報』を記憶している、いわば記憶媒体だ」
「記憶、媒体…?」
「あぁ。でもそんな正確にできちゃいない。記憶がすり減っていくんだよ、使っていくたびにな」
他人の『死亡確率』が見える。それは、いつの間にか当然のように感じていた。そして今こうして起きている、七瀬なつせを救うために二十四日を繰り返す現象。だが俺はこの現象で何が起きているのかなんて知り得ていなかったのだ。そこにある真実すらも。
「記憶を使うって…」
一瞬の躊躇い。この真実を知ればきっと怖くなるだろう。それはまるで失った物を思い出したときのような、寂しさと恐ろしさ。それでもきっと知らなきゃいけない。これ以上失ってしまわないために。
俺はマスターの目をゆっくりと見つめた。冷たく落ち着いているが、きっと真実を見てきた、その目を。
「教えてください。俺に起こっている、真実を…!」
「『タイムリープ』だ」