「そういえば、最近の子、今日も呼んでんのか?」
「なつせですか?このあと来ますよ」
「おいおい、頼むからこれ以上店内を暑くしないでくれよ」
「マスターはいい加減アイスで飲むことを覚えてください」

 時刻通りバイトをあがり、ガラス扉越しに、外で待つ制服姿の七瀬を見つける。やはりここまでは何事も起きていないようで、少し安堵する。

「お待たせ」

 このままカフェにいれば七瀬は助かるのだろうかと考えたが、その場合ここで死因となる事故が起きるのかもしれない。彼女の死亡確率は『99%』だ。このあとに起こりうる事故。それを回避するなら、アーケードには行かないのが正解だろう。となれば。

「七瀬、一度学校の方に戻らないか?忘れ物を取りに行きたいんだけど」

 学校でなら事故は起こりにくいだろう。それに今は人もいないはずだ。ここから学校までは、歩いて十分もかからない。

「いいけど、アーケードのほうにあるルナーバックス、行ってからにしない?新作飲みたいんだよねー」
「担任に頼まれ事もされてたなー。あのメガネのことだから、今日中にやらなきゃ怒られそうだし。ルナバなら学校の方向にもあるだろ?」
「伊織君てドジだなー。まぁ、代わりにその近くのミスったドーナツにも行ってもらえばいっか」
「お前今度はドーナツいくつ食べるつもりだよ。却下だ」
「チッ」
「おい、今舌打ちしたな」
「してないよ。可愛いなつせちゃんは、そんなはことしないのだ」
「その性格が可愛くない」
「チッ」

 その後も何度か舌打ちを聞いたが、とりあえず大きめの十字路までたどり着く。学校に行くにしても、商店街に行くにしても、この十字路を横断する必要があるが、前回この通りで目立った騒ぎは起きていない。まさかとは思うが、また七瀬が信号を飛び出すようなことはしないだろうか。

「伊織君、私の顔に何かついてる?さっきから、じーっと見て」
「七瀬が食欲のあまり飛び出したりしないかと思って」
「そっちこそ、間違っても信号無視をしようとか、急にパルクールしながら渡ろうとか考えないでね」
「だれがするかよ」
「ダブルコークスクリューもしない?」
「ダブルコ…できるかそんなこと。そもそもほんとにあるのかよそんな技」
「うん、グルグルンって回るやつ」

 訳の分からない会話を続けながらも、俺は目の前を走る車に目を凝らす。

 車道用の信号が青から切り替わり、車のスピードが次々と落ちていく。歩道に向かってくるような車両も特に見当たらない。
 嫌な予感がして、起こりうる交通事故の想定をするたびに、身体が徐々に緊迫し始める。もしかしたら、ブレーキを踏み違えた車が急発進をするのだろうか。それとも別の道から車が飛び出して、それとも…

「伊織君!青だよ!」
「あっ…」

 あまりの緊張からか、渡ることが盲点になってしまっていた。七瀬に促され、ようやく歩き出す。周囲を歩く人も車も、特に変わった様子はない。結局何も問題は起きずに渡り終えた。

「もう、さっきの伊織君、少し怖かったよ。学校に戻るんでしょ、早くいこ」

 言われてみればこれは明らかに俺の失点だった。死因を探し出そうとして、七瀬の存在を念頭に置くことを忘れたら、本末転倒だ。七瀬にとってはただ信号を渡るだけのことなのだから、こちらがそこまで思い詰める必要は無いのかもしれない。
 無事に信号を渡りきって、緊張していた心が一気に緩む。ただ、まだ少しの違和感があった。本当にこれで終わったのだろうか、先行く七瀬を見つめる。

 そう、なにも事故は交通事故に限らない。例えば、迫る障害なんて前後左右からだけではなく、それこそ、上からだって…

「─七瀬、危ない!!」

 建造工事中の建物の周りを覆う鉄骨が、その組み立てられた原型を崩しながら、真下にいた七瀬に向かって落下していた。

「え…?」


 それは長いようで、一瞬だった。七瀬に届かない手を伸ばす。

 あぁ、結局、こうなるのか。また俺は何もできずに、彼女を失うのか。
 いくつもの鉄骨が、快晴に似合わない雨のように彼女に降り注いで。



 ─また、今日が終わった。