マスターの意向で数分早くバイトを切り上げることになり、十七時前にはもう店を出ることが出来る状態になった。
「バイト代はそのままだ、安心して好きなだけやってこい」
とは言われたが、そういう問題じゃない。名前もさっき分かったばかりで、いや、知り合い本人に名前を聞くなんてことをしなくて済んだ。助かったのかもしれない。
いずれにせよ、恐らく今するべきことは、この七瀬なつせに訪れるであろう死を回避することだ
パンケーキを食べていきたい!と騒ぐ七瀬を止められず、三十分ほど経って、ようやく店を出る。
「マスターさん、いい人だったねー」
「あのさ。えっと、…七瀬」
「何?」
「マスターはどうでもいいけど、このあと何か予定ある?」
死亡確率といっても、何が起こるのかまで分かるわけではない。ただその人から読み取った死期が、数字として見えるだけだ。交通事故か、はたまた持病か。少しでも情報を得るために彼女を知る必要がある。
「予定とかはないかなぁ。もしかして、私のストーキングするつもり?」
「しない。何もないなら、とりあえず一緒にいようと思っただけ」
彼女の周りについていれば、死亡原因を未然に防げるかもしれないと思っての発言だったが、客観視してみればかなり極端なことだと口にしてから気づいてしまった。
「伊織君のくせに、それはどういう意味で…。あ、あっちのお店、行きたいから!あっちに行こっか!」
手を引かれて、連れてこられたのはアーケード沿いの通りだった。
「なぁ、まさかまた食べるのか!?さっき俺のバイト先でも、店出る前にパンケーキ食べるって言って」
「それは全部別腹だからいいの」
「なんだよそれ。とにかく、せっかくだから大通りの方に行きたいんだけど」
「あー、だめだよ。あっちの十字路は行っちゃだめ」
店も多く建ち並ぶ大通りに行こうとするも、七瀬に腕を掴まれて止められる。どうやら俺に行き先を決める自由はないようだ。
「あ、ルナーバックスの新作、飲みたかったんだー、早く入ろう」
「おい、待てって」
数時間前にも聞いたような台詞を言いながら、まだ見えてすらいない店まで駆け出していった。青になった信号に、その勢いのまま渡りだす七瀬。
ただ、その光景に妙な違和感があった。すでに経験したことがあるような感覚、いわゆるデジャブだ。
だが、俺はさっき七瀬と知り合ったばかりだから、経験なんてあるはずないが…。
あまり深くは考えずに、先行く七瀬を追って歩き出した、その時だった。
きっと後悔すると分かっていれば彼女を止められたのだろうか。もっと早く気づけなかったのだろうか。横断歩道を渡る彼女に迫っていた、1台のトラックに。
「ななせっ──」
必死に伸ばした手の先で、彼女の鞄が宙を舞う。直後、目の前に広がった、鮮やかな赤を乱反射させるアスファルトの光景。
「嘘だ、嘘だ…こんな」
蝉の音とともに、視界が目まぐるしく回りだす。
そうだ、俺はどこか油断しきっていたのかもしれない。彼女、七瀬なつせは、ただの同級生などではなく、死亡確率『99%』の少女であることに。
それは夢でもなければフィクションでもない。現実を焼き付けた夏の快晴は、ただ、陽炎に揺蕩う少女の身体を照らしていた。
「バイト代はそのままだ、安心して好きなだけやってこい」
とは言われたが、そういう問題じゃない。名前もさっき分かったばかりで、いや、知り合い本人に名前を聞くなんてことをしなくて済んだ。助かったのかもしれない。
いずれにせよ、恐らく今するべきことは、この七瀬なつせに訪れるであろう死を回避することだ
パンケーキを食べていきたい!と騒ぐ七瀬を止められず、三十分ほど経って、ようやく店を出る。
「マスターさん、いい人だったねー」
「あのさ。えっと、…七瀬」
「何?」
「マスターはどうでもいいけど、このあと何か予定ある?」
死亡確率といっても、何が起こるのかまで分かるわけではない。ただその人から読み取った死期が、数字として見えるだけだ。交通事故か、はたまた持病か。少しでも情報を得るために彼女を知る必要がある。
「予定とかはないかなぁ。もしかして、私のストーキングするつもり?」
「しない。何もないなら、とりあえず一緒にいようと思っただけ」
彼女の周りについていれば、死亡原因を未然に防げるかもしれないと思っての発言だったが、客観視してみればかなり極端なことだと口にしてから気づいてしまった。
「伊織君のくせに、それはどういう意味で…。あ、あっちのお店、行きたいから!あっちに行こっか!」
手を引かれて、連れてこられたのはアーケード沿いの通りだった。
「なぁ、まさかまた食べるのか!?さっき俺のバイト先でも、店出る前にパンケーキ食べるって言って」
「それは全部別腹だからいいの」
「なんだよそれ。とにかく、せっかくだから大通りの方に行きたいんだけど」
「あー、だめだよ。あっちの十字路は行っちゃだめ」
店も多く建ち並ぶ大通りに行こうとするも、七瀬に腕を掴まれて止められる。どうやら俺に行き先を決める自由はないようだ。
「あ、ルナーバックスの新作、飲みたかったんだー、早く入ろう」
「おい、待てって」
数時間前にも聞いたような台詞を言いながら、まだ見えてすらいない店まで駆け出していった。青になった信号に、その勢いのまま渡りだす七瀬。
ただ、その光景に妙な違和感があった。すでに経験したことがあるような感覚、いわゆるデジャブだ。
だが、俺はさっき七瀬と知り合ったばかりだから、経験なんてあるはずないが…。
あまり深くは考えずに、先行く七瀬を追って歩き出した、その時だった。
きっと後悔すると分かっていれば彼女を止められたのだろうか。もっと早く気づけなかったのだろうか。横断歩道を渡る彼女に迫っていた、1台のトラックに。
「ななせっ──」
必死に伸ばした手の先で、彼女の鞄が宙を舞う。直後、目の前に広がった、鮮やかな赤を乱反射させるアスファルトの光景。
「嘘だ、嘘だ…こんな」
蝉の音とともに、視界が目まぐるしく回りだす。
そうだ、俺はどこか油断しきっていたのかもしれない。彼女、七瀬なつせは、ただの同級生などではなく、死亡確率『99%』の少女であることに。
それは夢でもなければフィクションでもない。現実を焼き付けた夏の快晴は、ただ、陽炎に揺蕩う少女の身体を照らしていた。