「で、次に行きたい店ってどこにあるんだよ…」
もうすでに二軒ほどは回っているが、彼女の欲求は満たされていないらしい。
「こっちこっち、そこにあるクレープの!ちょっと前にできてから、行ってみたいと思ってたんだー!」
「へー、こんなところ全然気づかなかったな。というか、バイト先の真反対の方向なんだけど」
俺の言葉をお構いなしにクレープ店へ駆け込んでいく。その速さに対して、ゆっくりと悩んだ末に彼女が頼んだのは、いちごやチョコがこれでもかとトッピングされたクレープ。無論、さっきから俺の財布が悲鳴をあげていることは言うまでも無い。
「よくそんなに食べるよな」
「おいしいのにー。伊織君にも、あとで一口あげるね」
「いらないよ、スイーツとかは抹茶系しか食べないし、そもそもさっきから気づけば俺が払うことになっているんだけど」
「なるほど、伊織君は、『女子との食事にはお金を出してあげるのは当たり前』の意見には反対派、っと」
「はいはい。とにかく今度こそバイトに遅れるから、俺はもう行くよ」
呆れながら自転車に手をかけ、スタンドを押し倒す。
「あ、うん。ありがとね。…えっと、バイト終わるのは、何時だっけ」
「十七時頃には上がれると思う。こっちこそどーも。まぁ、またどっかで会えたら」
「あ、待って」
「っと、どうした」
自転車を走らせようとした俺を呼び止めて、鞄から何やら紙のような物を取り出す。
「はい、これ」
「何、これ」
「栞だよ。押し花がしてあるでしょ」
手渡されたのは、淡いピンクの紙に紫色の花が押されていた栞だった。
「その花は、今の季節にもぴったりな初夏の花、ラベンダーで、花言葉は『期待』」
「期待?」
「そう。この出会いが、きっといいものでありますようにって」
「押し花か、意外と可愛い趣味してるんだな」
「あぁー、今、笑った」
そう言いながら少し拗ねたように頬を膨らませてくる。
「冗談だよ、ありがと」
そう言い残してから、栞をポケットにしまって、俺はバイト先のカフェまで向かった。
探り探りで聞いたことだが、どうやら彼女は転入生などではなく、同じ高校に通っているらしい。やはり自分が忘れているだけなのだろうか。
そして、彼女を通して見えた、死亡確率『99%』 。
気にかかることが多すぎるが、ふと、ひとつ大事なことに気づいた。
「あ、名前を聞きそびれた…」
何とかバイトには予定通りに到着し、今日も客足の少ないこの店のウェイターとして過ごして、時刻はもうまもなく十七時になろうとしていた。
「よ、#徹__とおる__#。今日も助かる。もうすぐだろ、まぁ、ある程度客が帰ったら適当に上がっといてくれ」
言葉通り適当な性格だが、コーヒーを淹れる時だけは様になる、この店を経営する、通称“マスター” 。客足が減るとこうして厨房から放談をしに顔を出す。
「まったく、暑すぎて豆を挽く気にもならねーな」
「コーヒーすら出さなくなったらこの店何も残りませんよ」
「こんな日にコーヒー頼む奴なんかいねぇよ。もちろんアイスコーヒーは俺が飲まないから論外だ」
「なんて自己的な」
「自己的?お前も最近ここに女連れてくるだろ。店内熱くしやがって、どうせ今日も呼んでんだろ」
「女?誰のこと言ってるんですか」
そんなことは身に覚えがない。思わず聞き返す。
「あれだよ、あれ。なんつったかな」
しばらく唸ってから、マスターが一人の名前をあげた。
「あぁ、七瀬なつせ、とか言ってただろ」
ますます知り得ないような[情報の解禁]。ちなみにこの言葉で世の八割の男子は闘争心が沸く。俺の場合は狩りたくなる。
「最近連れてるとか心当たり無いですよ。どうせまたマスターが最近遊んでる女性の話じゃないんですか」
厨房に立たなければタバコと無精髭のイメージしか無いが、女性からの人気は高いようで、マスターを目当てに来ている客も少なくないと何度か耳にしたことがある。
「んなわけ無いだろ。それに何度も言うが、俺には愛すると決めた女がいる」
奥さんがいるといった話は聞いたことがないが、詮索はやめておこう。
「おい、噂をすれば、だな」
そう言うとマスターは厨房へと戻っていく。店のガラス扉がゆっくりと開き、入り口の正面であるレジから、その姿と目が合う。うちの高校の制服に、見覚えのある黒髪。
何度か目線を逸らしながらも、彼女は、七瀬なつせは俺に言った。
「えっと、来ちゃった」
もうすでに二軒ほどは回っているが、彼女の欲求は満たされていないらしい。
「こっちこっち、そこにあるクレープの!ちょっと前にできてから、行ってみたいと思ってたんだー!」
「へー、こんなところ全然気づかなかったな。というか、バイト先の真反対の方向なんだけど」
俺の言葉をお構いなしにクレープ店へ駆け込んでいく。その速さに対して、ゆっくりと悩んだ末に彼女が頼んだのは、いちごやチョコがこれでもかとトッピングされたクレープ。無論、さっきから俺の財布が悲鳴をあげていることは言うまでも無い。
「よくそんなに食べるよな」
「おいしいのにー。伊織君にも、あとで一口あげるね」
「いらないよ、スイーツとかは抹茶系しか食べないし、そもそもさっきから気づけば俺が払うことになっているんだけど」
「なるほど、伊織君は、『女子との食事にはお金を出してあげるのは当たり前』の意見には反対派、っと」
「はいはい。とにかく今度こそバイトに遅れるから、俺はもう行くよ」
呆れながら自転車に手をかけ、スタンドを押し倒す。
「あ、うん。ありがとね。…えっと、バイト終わるのは、何時だっけ」
「十七時頃には上がれると思う。こっちこそどーも。まぁ、またどっかで会えたら」
「あ、待って」
「っと、どうした」
自転車を走らせようとした俺を呼び止めて、鞄から何やら紙のような物を取り出す。
「はい、これ」
「何、これ」
「栞だよ。押し花がしてあるでしょ」
手渡されたのは、淡いピンクの紙に紫色の花が押されていた栞だった。
「その花は、今の季節にもぴったりな初夏の花、ラベンダーで、花言葉は『期待』」
「期待?」
「そう。この出会いが、きっといいものでありますようにって」
「押し花か、意外と可愛い趣味してるんだな」
「あぁー、今、笑った」
そう言いながら少し拗ねたように頬を膨らませてくる。
「冗談だよ、ありがと」
そう言い残してから、栞をポケットにしまって、俺はバイト先のカフェまで向かった。
探り探りで聞いたことだが、どうやら彼女は転入生などではなく、同じ高校に通っているらしい。やはり自分が忘れているだけなのだろうか。
そして、彼女を通して見えた、死亡確率『99%』 。
気にかかることが多すぎるが、ふと、ひとつ大事なことに気づいた。
「あ、名前を聞きそびれた…」
何とかバイトには予定通りに到着し、今日も客足の少ないこの店のウェイターとして過ごして、時刻はもうまもなく十七時になろうとしていた。
「よ、#徹__とおる__#。今日も助かる。もうすぐだろ、まぁ、ある程度客が帰ったら適当に上がっといてくれ」
言葉通り適当な性格だが、コーヒーを淹れる時だけは様になる、この店を経営する、通称“マスター” 。客足が減るとこうして厨房から放談をしに顔を出す。
「まったく、暑すぎて豆を挽く気にもならねーな」
「コーヒーすら出さなくなったらこの店何も残りませんよ」
「こんな日にコーヒー頼む奴なんかいねぇよ。もちろんアイスコーヒーは俺が飲まないから論外だ」
「なんて自己的な」
「自己的?お前も最近ここに女連れてくるだろ。店内熱くしやがって、どうせ今日も呼んでんだろ」
「女?誰のこと言ってるんですか」
そんなことは身に覚えがない。思わず聞き返す。
「あれだよ、あれ。なんつったかな」
しばらく唸ってから、マスターが一人の名前をあげた。
「あぁ、七瀬なつせ、とか言ってただろ」
ますます知り得ないような[情報の解禁]。ちなみにこの言葉で世の八割の男子は闘争心が沸く。俺の場合は狩りたくなる。
「最近連れてるとか心当たり無いですよ。どうせまたマスターが最近遊んでる女性の話じゃないんですか」
厨房に立たなければタバコと無精髭のイメージしか無いが、女性からの人気は高いようで、マスターを目当てに来ている客も少なくないと何度か耳にしたことがある。
「んなわけ無いだろ。それに何度も言うが、俺には愛すると決めた女がいる」
奥さんがいるといった話は聞いたことがないが、詮索はやめておこう。
「おい、噂をすれば、だな」
そう言うとマスターは厨房へと戻っていく。店のガラス扉がゆっくりと開き、入り口の正面であるレジから、その姿と目が合う。うちの高校の制服に、見覚えのある黒髪。
何度か目線を逸らしながらも、彼女は、七瀬なつせは俺に言った。
「えっと、来ちゃった」