沈む夕日が少しずつ街から明かりを奪っていく。
 立ち並ぶ電柱に貼り巡らされた電線は、茜色の空を這うように滑らかな風になびいている。陽炎に揺れた街の風景が、静けさに覆われた道路の片隅で、私の足音だけが鈍く響いていた。

 教室を飛び出してからもがくようにただひたすらに歩いた。

『俺たちは出会うべきじゃなかった』

 彼の言葉が頭の中をかき回すように何度もよぎる。彼の言葉通り、今日始まっただけの、今日が繰り返されただけの記憶。「タイムリープ」と彼は言った。私が彼に出会ったのも、今日より一つ前の今日、つまりタイムリープをする前の今日だ。その出会いは確かに初めてで、けれどどこかで知っている温かさがあった。

 彼の記憶はもう一度のタイムリープで消えてしまうらしい。もしかしたら、私の記憶もすでに一度消えちゃったのかな。そんなことを考えていたら、乾いたはずの瞼にまた涙が浮かぶ。どうしてあのまま何も言えずに出てきてしまったんだろう。本当に、今日で終わってしまうかもしれないのに。

「伊織、君…」

 溢れる涙がこぼれながら彼の名前を口にする。

「私は、もう忘れたくない…」

 今日が終われば何もなかったように明日が訪れる。私が死を繰り返していた今日も。
 追い越していく車のテールランプがじんわりと視界の中を駆け巡り、ずっしりと重い気持ちが心を蝕んでいく。

「伊織君に知られずに死んでいたなら、こんなタイムリープも、伊織君を苦しめることもせずに済んだのかな」

 人通りが減った大きな道路の交差点。空気を切り裂く車の走行音が、日が落ちた街のアファルトに堅く響いていた。