七瀬が放った言葉に、俺は耳を疑った。

『今日の私は』どういうことだ。リープで目覚めるより前の時間の出来事は、同じじゃないのか?

「七瀬、それってどういう?」

「うーん、なんて言うんだろう。今日はほんとに色々とわかんなくて。私、今日起きたんだろうなってことは知ってるんだけど、覚えてはないんだ」

 自分でも首をかしげながら七瀬は言うが、俺は唖然としていた。今日クレープを食べに行ったことは分かっていても、記憶にあるわけじゃない。
 濁すように言っているがそれは、俺とまったく同じ状況だっだ。

「七瀬、もう一度変なことを言うから、もし信じられなかったら聞き流してほしいんだけど」
「うん?」
「落ち着いて聞いてほしい。俺は、 、 、タイムリープをしているんだ」

 ぽかんとした七瀬を前に、俺は話を続ける。

「俺は、人の死亡確率が見える。親を失った事故からずっと。それで出会ったのが、死亡確率99%の、七瀬だった。でも俺には何もできなくて、またこうしてタイムリープをしてきたんだ」

 教室内に沈黙が続く。無理もない、七瀬からしてみれば、こいつはいよいよ本当におかしなことを言い出したんだ、そう映るのが当然だろう。

 だがしばらく経って、その沈黙を破るように、七瀬はまた笑いだした。

「ふふ、あはは、そっかぁ、タイムリープかぁ。…なぁーんだ、伊織君も同じだったんだ」
「え?同じって」
「私もね、今日はほんとにわかんないことが起きてるなーって思ってて。死んだはずなのに急に学校で目覚めて、おまけに確認してみたら、まーた二十四日だし」
「やっぱり、それって…」

 つまり、七瀬もタイムリープをしていたのだ。だとすれば。

「七瀬、そのタイムリープ経験したの、何度目だ」

 焦りながら尋ねる俺に、七瀬はゆっくりと答えた。

「え、えっと、今回が初めてだけど」

 間違いない。既に一度、七瀬は記憶を失っている。だから俺が一度目のリープの時は、俺と初対面だったんだ。

「タイムリープって、そんなに何度も起きる物なの?」
「あぁ。現に俺は覚えている限りだと、二十四日は三度目だ」
「そかぁ。でも昨日はほんとびっくりしたよ。だって、初めて出会ったのに私のことを知ってたり。それに私にもね、伊織君の数字、見えてるからさぁ」
「え、数字って、死亡確率が…」
「うん、私も伊織君と同じ。そして私と同じ、99%」

 衝撃だった。七瀬を救っているつもりが、自分も同じ死亡確率で生きていたということか。

「そんな、こと、そんなことあるのか」

 実際に俺はまだ事故死していない。確かに初めてあったあの日、七瀬は俺をアーケードの十字路から避けるように行動していた。そして次のリープでそれに気づかなかった俺は、七瀬を事故で失った。だとしても不明瞭な点がいくつかある。

「もし七瀬が俺を事故から遠ざけていても、学校へだってバイトに向かう時だって、俺は一人だったんだ。99%の人間がそんな状況で無傷でいられるなんて、おかしいだろ」
「確かにそうかも。私も実際、伊織君のバイト先に向かったときは一人だったし。でも、ちゃんと数字は99%になっちゃってるんだけど」

 お互いが99%でも、お互い救い合う必要なんてなかったのか?一人で何も起きていないのに、二人の時に決まって事故が起きて、それを今まで何度も…。

「違う!そうじゃない」
「わ、どうしたの、何か分かったの!?」
「そうか、俺たちは」

 お互いの死亡確率、事故が起きるのは二人でいるタイミングだけ。考えられることは一つ。

「俺たちはきっと、お互いで死亡確率を引き寄せ合っているんだ」
「どういう、こと?」
「俺を救おうとして七瀬は事故に遭う、それを救おうとして俺は死亡確率が上がる。お互いがそうして自分の死亡確率を上げている。きっと本来はそんなに高いような死亡確率なんかじゃない」

 お互いでそれを確かめ合うことはできない。でも、結果が既に出ている。認めるしかないだろ。

「えっと、じゃあどうすればいいかな?私にもできることって何かあったりするかな」

「俺たちにするべきことなんて無いよ」
「え?」

 単純なことだったんだ。

「もともと俺たちは…!」

 だから、

「俺たちは…」

 言わなきゃいけない。

「#出会うべき__・__#じゃなかったんだ!」

 きっとそれはひどく映っていただろう。呆然とした七瀬の瞳には、涙が溢れそうになっていた。

「嘘、ひどいよ。どうしてそんなこと、言うの」
「そんなつもりじゃない、でも」
「私は伊織君に会えてよかったって、生きていていいんだって思ってたのに!」

 自分だってそう思っている。だからこうして救えるまで何度もタイムリープしてきたはずだ。それでも、涙を浮かべる七瀬の前で俺に言い返す言葉なんてなかった。

「伊織君とパフェ食べた時も、伊織君をバイト先まで迎えに行くときも、ここまで来てくれて、会いたかったって言ってくれた時も!私、嬉しかったし全部覚えてるよ。でもそれも、みんな嘘なのかな」
「俺だって…でも、時間がないんだ」
「そんなの、どうせまたタイムリープで取り戻せる程度のものなんでしょ!」
「…俺がこの記憶のままタイムリープできるのは、あと一度が限界なんだ」
「そんな…」
「それにもう一度リープしても、未来を書き換えるためのリープで、記憶は消える」
「でも、」
「だから!」

言葉を強く遮る。それに怯えた七瀬が目に映り、胸が締め付けられていく。こんなことがしたかったはずじゃない。こんなことをするために俺は今日を繰り返してきたのか。

 違う。

 そう、こんなことなら出会わなければよかった。

 違う。

 ならこのまま忘れてしまえばいいんだ。

 違う!

 もう失いたくない、離れたくない。どうしようもないくらいに俺は、

「…俺は、七瀬が好きだよ」

 黙るべきか話すべきか、そんなことはもうどうでもよかった。俺の心は、もう七瀬だけで染まっていた。

「だからもう、俺達は出会うべきじゃないんだ」

 きっとこの恋も、今日で終わるのだろう。

「そんなの、あんまりだよ。そしたらもう、今日で終わっちゃうんだよ」

 泣きながら涙をこぼす七瀬の姿が視界から滲んでいく。俺の目にも涙が溢れていた。それは今にも零れてしまいそうだったが、こらえるように彼女の瞳を見つめる。もしそのまま逸らせば、もう本当に彼女が見えなくなってしまいそうだったから。
 今にも消えてしまいそうな声ですすり泣く彼女に、

「もともと今日で何もかも終わっていたはずだった!!」
「や…めて!」
「もとからなければよかった!俺のこの……想いだって!!」

 絞るように声を張り上げた俺を前に、七瀬は泣き崩れる。まるで体を突き抜ける弾丸のように、言葉は彼女の体を、そして心を砕いた。

「……っ!」

 最後に涙をその場にこぼして、七瀬は勢いよく教室を飛び出していった。
 一人になった教室は、まるで手に抱いていたものを落として何も残らなくなってしまったかのように、一瞬にして静まり返った。

「これで、いいんだ」

 乾いた空間にひとり呟く。自分に言い聞かせながら天井を仰ぐが、涙は次々とこぼれ落ちる。これでいい、これでいい、その言葉を声に出す呼吸も握りしめた拳すらも激しく震えていた。
 繰り返される二十四日も七瀬と過ごした二十四日も、もう終わる。何事もなく当然のように明日は訪れるだろう。その明日に七瀬が生きている。それは願っていたはずだったのに、涙と後悔は嗚咽とともにとめどなく溢れ出していた。


 ─夕日は沈み始め、辺りも静かに輝きを失い始めた。かけられた時計が19時を知らせる鐘を控えめに鳴らし、頭に響いたその音でふと我に返る。七瀬がここを去ってどのくらいの時間がたったのだろうか。崩れるように座ったまま後悔だけは変わらずに残り続けている。

 閑散とした教室の窓側の席で、唯一パタパタと音を立ててカーテンが揺れる。まるでそこにいた七瀬を隠してしまったようで、思わず席を立って窓に手をつく。
 その途端、一気に視界が白飛びして、抉られたような痛みが頭を襲った。耳鳴りがキーンと響いて、全身の力が抜け落ちていく。

「あれ、なんだ、これ…」

 体は徐々に崩れ始め、視界がモノクロに染まりだす。まるで削られていくような、

「まさか…!」

 薄れていく意識の中でマスターの言葉を思い出す。

『使用するたびに記憶は削られていく』

 このタイムリープは俺の記憶をもとに過去に戻している。それはこうして時間がたっていくだけでも擦り減っていくのだろうか。だとすればこの痛みは記憶が影響しているのかも知れない。
 崩れ落ちていく体からもがくように手を伸ばす。
これ以上記憶を消費したら何もかも忘れてしまうかもしれない。本当に七瀬はこれで救えたのか?まだ、まだ俺は七瀬を……。


 暗くなる視界とともに、意識が遠のいていく


 だめだ、意識を戻せ。俺にはするべきことがあるはずだ


 俺は救わなきゃいけないんだ


 救わなきゃ……





 ……誰を?



【連載中】
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