風が強く肌をかすめる。いつもより荒い呼吸をしながら、学校までの道を駆ける。頭上では、雲一つ無い青空の中、太陽が傾き始めている。
閑散とした校舎とグラウンド。昇降口についてすぐ、乱雑に靴を脱ぎ捨てる。それを尻目に、誰もいない廊下を靴下のままドタバタと足音を立てて走り抜けた。
七瀬のいる教室は四階。息を切らしながら駆け上がっていく。教室の目の前にたどり着き、その勢いのままドアにかけた手を強く引いた。
─ガラッ
「…七瀬っ!!」
「えっ、伊織君?」
呆然とした顔で、ペンを握ったままこちらを向いて見つめてくる。名前を呼んだところをみて、どうやら今回のタイムリープは、初めましてではないようだ。
「どうしたの伊織君。バイトは??それに靴下なんかで、何かあった?」
「あぁ、えっと、七瀬」
そういえば何をするかより、七瀬の無事を確認したくてここまで来てしまった。とりあえず、これでアーケードも十字路も通らなくて済むはずだ。
「ごめん。七瀬に会いたくて、バイトは抜け出してきた」
また極端な言葉だと思ったが、そこに偽りの気持ちは無い。
「え…もう、今日はもうわけわかんないことばっかだよ、もう!」
突然顔を手で隠し始めた。あまり見ない彼女の仕草に、思わず動悸が早くなる。落ち着け、落ち着け。
「っ、とにかく、このまましばらく学校にいてほしい」
「…そっか。伊織君が言うなら、そのほうがいいね」
「なんだ、今日はやけに素直だな」
「それ、どういうことかなぁ」
「てっきり、『ルナーバックスの新作飲みたい』とか言い出すんじゃないかと」
「むむ。私はそんなに強欲じゃないよ」
「なんだ。ならこのドリンクチケットは二枚とも、俺が使うしかないか」
わざとらしくそれを見せびらかす。
「あー、それは女の子には意地悪ってやつじゃないかなぁ」
「冗談だよ。ただそれも、もう少しここにいてからな」
「うん。そうだね」
そう言って七瀬は振り返って、窓の外を見つめる。
思えばこの空間には、俺と七瀬の二人しかいない。静まりかえった教室は、より一層七瀬の存在を意識してしまう。
しばらく沈黙が続いた。窓の外ではもう日が沈み始めている。教室内も赤く染まり、入り込む風が暖かく肌を撫でる。
「…私ね、小さい頃に、両親を亡くして。施設での生活になってからも、怖くてひとりぼっちだったんだ」
「…なら俺と同じだよ」
俺も幼い頃の交通事故で両親を失っている。事故が起きてこの数字が見えるようになってから、他人と関わることすらも避けるようになっていた。七瀬の場合、明るい性格はきっと、両親を失った反動の裏返しでもあるのだろう。
「そっか。変なところは似ちゃったね」
そう言って軽く微笑む七瀬だが、物憂げな瞳はどこか遠くを眺めるように、沈む夕日を見つめる。茜色に撫でられて#燦爛__さんらん__#とした彼女の髪が、窓からの風になびいて、時折それが彼女の横顔を隠してしまう。
『死亡確率99%』それがどんな意味を持つのか、普通に考えたら分かるはずだ。
風に揺れる髪と夕日。たった一日の今この瞬間だけでも、何度も続く快晴の空に焼き付けられたなら。
「なぁ、七瀬。一つ変なこと聞いてもいいかな」
「ん。何?」
「俺たちってさ、いつ出会ったんだろうな」
「あはは。ほんとに変なこと言い出すね。それ、バイト抜け出してまで会いたかった女の子に言う言葉?」
七瀬が笑いながら答える。確かに、七瀬からしたらおかしな話だよな。
「んー。でも、もし出会ってなかったとしても、私はずっと、伊織君を待ってるんじゃないかな」
向き直って返された言葉に、思わずドキッとしてしまう。鼓動の音を聞かれてしまいそうなくらいには、動揺していたかもしれない。
「お前も、変なこと言うなよ」
「さっきのお返し」
はにかんだ七瀬を見て、うまく言えない感情が、また締め付けられる。もう死亡確率なんて、まるで嘘なんじゃないかとさえ思えてしまうほどに。
沈黙が続いてしばらく経って、空を見つめたまま、七瀬がひとつ言葉をこぼす。
「ところで伊織君。私が今日食べたクレープ、何だったか覚えてる?」
「え?あー、朝のことか」
知るはずもない。実際に、今日俺がタイムリープで目覚めたのはバイトからだ。適当な嘘を、リープ前である一度目の二十四日に食べていたものを、答えてみる。
「確か、ストロベリーチョコだった」
「残念、外れだよ」
どうやら、三度目である今日の七瀬の食欲は、一度目の七瀬とは違う気分だったようだ。
「何食べてたっけな。キャラメル何とか」
「それも外れ、ぜーんぶ外れ。もう、話に乗ろうとして嘘つくなんて、ずるいなぁ」
「忘れただけだよ」
「そんなわけないよ」
少し間を置いてから七瀬は向き直り、微笑みながら口を開いた。
「だって、#今日の__・__#私は、まだクレープ食べに行ってないもん」
「…え、…今、なんて」
閑散とした校舎とグラウンド。昇降口についてすぐ、乱雑に靴を脱ぎ捨てる。それを尻目に、誰もいない廊下を靴下のままドタバタと足音を立てて走り抜けた。
七瀬のいる教室は四階。息を切らしながら駆け上がっていく。教室の目の前にたどり着き、その勢いのままドアにかけた手を強く引いた。
─ガラッ
「…七瀬っ!!」
「えっ、伊織君?」
呆然とした顔で、ペンを握ったままこちらを向いて見つめてくる。名前を呼んだところをみて、どうやら今回のタイムリープは、初めましてではないようだ。
「どうしたの伊織君。バイトは??それに靴下なんかで、何かあった?」
「あぁ、えっと、七瀬」
そういえば何をするかより、七瀬の無事を確認したくてここまで来てしまった。とりあえず、これでアーケードも十字路も通らなくて済むはずだ。
「ごめん。七瀬に会いたくて、バイトは抜け出してきた」
また極端な言葉だと思ったが、そこに偽りの気持ちは無い。
「え…もう、今日はもうわけわかんないことばっかだよ、もう!」
突然顔を手で隠し始めた。あまり見ない彼女の仕草に、思わず動悸が早くなる。落ち着け、落ち着け。
「っ、とにかく、このまましばらく学校にいてほしい」
「…そっか。伊織君が言うなら、そのほうがいいね」
「なんだ、今日はやけに素直だな」
「それ、どういうことかなぁ」
「てっきり、『ルナーバックスの新作飲みたい』とか言い出すんじゃないかと」
「むむ。私はそんなに強欲じゃないよ」
「なんだ。ならこのドリンクチケットは二枚とも、俺が使うしかないか」
わざとらしくそれを見せびらかす。
「あー、それは女の子には意地悪ってやつじゃないかなぁ」
「冗談だよ。ただそれも、もう少しここにいてからな」
「うん。そうだね」
そう言って七瀬は振り返って、窓の外を見つめる。
思えばこの空間には、俺と七瀬の二人しかいない。静まりかえった教室は、より一層七瀬の存在を意識してしまう。
しばらく沈黙が続いた。窓の外ではもう日が沈み始めている。教室内も赤く染まり、入り込む風が暖かく肌を撫でる。
「…私ね、小さい頃に、両親を亡くして。施設での生活になってからも、怖くてひとりぼっちだったんだ」
「…なら俺と同じだよ」
俺も幼い頃の交通事故で両親を失っている。事故が起きてこの数字が見えるようになってから、他人と関わることすらも避けるようになっていた。七瀬の場合、明るい性格はきっと、両親を失った反動の裏返しでもあるのだろう。
「そっか。変なところは似ちゃったね」
そう言って軽く微笑む七瀬だが、物憂げな瞳はどこか遠くを眺めるように、沈む夕日を見つめる。茜色に撫でられて#燦爛__さんらん__#とした彼女の髪が、窓からの風になびいて、時折それが彼女の横顔を隠してしまう。
『死亡確率99%』それがどんな意味を持つのか、普通に考えたら分かるはずだ。
風に揺れる髪と夕日。たった一日の今この瞬間だけでも、何度も続く快晴の空に焼き付けられたなら。
「なぁ、七瀬。一つ変なこと聞いてもいいかな」
「ん。何?」
「俺たちってさ、いつ出会ったんだろうな」
「あはは。ほんとに変なこと言い出すね。それ、バイト抜け出してまで会いたかった女の子に言う言葉?」
七瀬が笑いながら答える。確かに、七瀬からしたらおかしな話だよな。
「んー。でも、もし出会ってなかったとしても、私はずっと、伊織君を待ってるんじゃないかな」
向き直って返された言葉に、思わずドキッとしてしまう。鼓動の音を聞かれてしまいそうなくらいには、動揺していたかもしれない。
「お前も、変なこと言うなよ」
「さっきのお返し」
はにかんだ七瀬を見て、うまく言えない感情が、また締め付けられる。もう死亡確率なんて、まるで嘘なんじゃないかとさえ思えてしまうほどに。
沈黙が続いてしばらく経って、空を見つめたまま、七瀬がひとつ言葉をこぼす。
「ところで伊織君。私が今日食べたクレープ、何だったか覚えてる?」
「え?あー、朝のことか」
知るはずもない。実際に、今日俺がタイムリープで目覚めたのはバイトからだ。適当な嘘を、リープ前である一度目の二十四日に食べていたものを、答えてみる。
「確か、ストロベリーチョコだった」
「残念、外れだよ」
どうやら、三度目である今日の七瀬の食欲は、一度目の七瀬とは違う気分だったようだ。
「何食べてたっけな。キャラメル何とか」
「それも外れ、ぜーんぶ外れ。もう、話に乗ろうとして嘘つくなんて、ずるいなぁ」
「忘れただけだよ」
「そんなわけないよ」
少し間を置いてから七瀬は向き直り、微笑みながら口を開いた。
「だって、#今日の__・__#私は、まだクレープ食べに行ってないもん」
「…え、…今、なんて」