「しねえよ。これがバイトみてぇなもんだ。気安く話しかけるんじゃねえ」
 図太い声でそう言われ、僕はひるんだ。おっさんとの間に一気に距離ができた。
 すみません、とつぶやいて僕はすぐに席を立った。ただ僕はリストにある『札束で第三者を思い切り引っ叩く』をやりたかっただけだ。一発叩かせてくれたら一万円あげようとしていた。悪い話ではないはずだ。
 と思ったが、よくよく考えてみると本気で殴打されそうな内容だ。お金を詰めばいいという問題ではない。人間の尊厳を毀損する行為なのだ。
 そそくさと退場したくなったが、ここで引き下がるわけにはいかない。いつものネクラ系A型の男ではない。僕は気持ちを切り替えて店内の客を舐めるように見ていく。改めて眺めまわすと、客はお年寄りばかりだ。中には腰が三十度くらい曲がり、もはや大当たりかどうか判別できなさそうな方もいる。平日の昼間だから当然だが、いつの間にかパチンコが高価な老人ホームになりつつあるらしい。
 すると、紅一点、女性を見つけた。すぐに接近してその者の姿を凝視する。
 一言でいうと、デカい。大物である。長髪のパーマをなびかせながら、赤眼鏡の女性がパチンコを打っている。その背中は親父を思い出すようなおおらかさがあり、デニムのショートパンツからは異常気象で肥大化した大根のような脚が伸びていた。よく見ると、白のブラウスからはピンクの下着が透けていた。わざとなのだろうか。思わぬ透視に歓喜していいか迷いながら、近づいていく。
 年齢は同い年くらいだろうか。円らな瞳で、顔立ちに限って言うとかわいらしい気がする。僕はすぐに一万円札を取り出しながら、声をかけた。
「これあげるんで、僕と話してもらっていいですか?」
 すると、女性は反射的に一万円を受け取った。そして諭吉を眺め、透かしをチェックした。お札を他人からもらうのを生業としているような、自然な動作だった。
「いいの? 嬉しい。話すだけならいくらでもどうぞ」柔和な笑みで言う。
「和志といいます」
「えみです」
 名前を言い合っただけで途端に恥ずかしくなってきた。キャバクラには行ったことないが、こんな感じだろうか。思わず視線を落とすと、えみの脚が目に飛び込む。今にも皮が千切れて具が飛び出しそうだ。
「今日はどうしてパチンコに?」
「そこに玉があるからよ」
 えみは颯爽と言ったが、よくわからなかった。