しばらくして、足音が聞こえてきた。徐々に近づく音。
廊下の奥から村田が姿を現した。十三年ぶりの姿。髪は少し薄くなっていたが、眼鏡も目つきもまるで変わらない。恨み続けていた、憎み続けていたまさに張本人だった。
「ご無沙汰しております!」僕は開口一番、深々と会釈をした。
「君は誰だったかな?」村田は戸惑ったように言う。よく覚えていないらしい。でも、それは想定していた。生徒からすれば教員はかけがえのない存在だが、教員からすれば生徒は数多いる仕事相手の一人でしかいない。
「高校のとき、村田先生に物理を教わりました」僕は勢いよく話し始めた。村田の反応は気にしない。
「その日、僕は心臓手術で長期間休み、復帰した直後でした。先生の指示でグループごとで実験をすることになりましたが、僕はグループに入ろうとせず、ずっとケータイを見ていました。そんな僕に対して、先生は、やる気がないなら帰れ、とおっしゃいました。僕はそれが悔しくて、その場から立ち去ってしました。結局高校も中退してしまいました。正直、それ以来、僕はずっと村田先生を恨んでいました。どうしようもなく憎んでいました。今まで十三年、そうでした」
「そうか、あのときの君か……」村田はようやく反応した。
「でも、私も社会人を経験して、改めて思います。あのときの村田先生の反応は全くおかしくありませんでした。あのときの態度では、そう言われても仕方ありません。高校生にもなって、まともな行動ができていませんでした。先生は、そんな僕に人として当然の指導をしてくれたのだと思います。恨んでしまい、本当に申し訳ございませんでした。それだけです。そして、本当にありがとうございました。今は感謝しています。感謝しないといけないなと思っています。それだけお伝えしたくて、本日お邪魔させていただきました。」
そして僕は思い切り頭を下げた。勢いよく、深々と下げた。入社したての頃、自分のご発注で会社に数百万規模の損害を与えた時より、さらに深々と下げた。
そして、頭を上げながら後退した。村田の顔なんて見ずに、すぐに退散した。全力で逃げて行った。門の近くで待っていたえみも置き去りにする。
「ちょっと待ってよ」
えみが追いかけてきた。構わず走って、走って、走り続けた。
力尽きて道路わきでしゃがんでいると、しばらくしてようやくえみがやってきた。
廊下の奥から村田が姿を現した。十三年ぶりの姿。髪は少し薄くなっていたが、眼鏡も目つきもまるで変わらない。恨み続けていた、憎み続けていたまさに張本人だった。
「ご無沙汰しております!」僕は開口一番、深々と会釈をした。
「君は誰だったかな?」村田は戸惑ったように言う。よく覚えていないらしい。でも、それは想定していた。生徒からすれば教員はかけがえのない存在だが、教員からすれば生徒は数多いる仕事相手の一人でしかいない。
「高校のとき、村田先生に物理を教わりました」僕は勢いよく話し始めた。村田の反応は気にしない。
「その日、僕は心臓手術で長期間休み、復帰した直後でした。先生の指示でグループごとで実験をすることになりましたが、僕はグループに入ろうとせず、ずっとケータイを見ていました。そんな僕に対して、先生は、やる気がないなら帰れ、とおっしゃいました。僕はそれが悔しくて、その場から立ち去ってしました。結局高校も中退してしまいました。正直、それ以来、僕はずっと村田先生を恨んでいました。どうしようもなく憎んでいました。今まで十三年、そうでした」
「そうか、あのときの君か……」村田はようやく反応した。
「でも、私も社会人を経験して、改めて思います。あのときの村田先生の反応は全くおかしくありませんでした。あのときの態度では、そう言われても仕方ありません。高校生にもなって、まともな行動ができていませんでした。先生は、そんな僕に人として当然の指導をしてくれたのだと思います。恨んでしまい、本当に申し訳ございませんでした。それだけです。そして、本当にありがとうございました。今は感謝しています。感謝しないといけないなと思っています。それだけお伝えしたくて、本日お邪魔させていただきました。」
そして僕は思い切り頭を下げた。勢いよく、深々と下げた。入社したての頃、自分のご発注で会社に数百万規模の損害を与えた時より、さらに深々と下げた。
そして、頭を上げながら後退した。村田の顔なんて見ずに、すぐに退散した。全力で逃げて行った。門の近くで待っていたえみも置き去りにする。
「ちょっと待ってよ」
えみが追いかけてきた。構わず走って、走って、走り続けた。
力尽きて道路わきでしゃがんでいると、しばらくしてようやくえみがやってきた。