「おめでとうございます」おばさんが気のない言葉で祝福してくれた。
「それでご相談がありまして。実は在学中、僕は物理を教えてくれた村田先生に大変お世話になったので、結婚のご報告をぜひしたいんです。でも連絡先や住所がわからなくて。難しいかと思いますが、ぜひ教えていただけないかと思いまして。遥々東京からやってきました」
 僕は渾身の思いを込めて訴えた。
「わかりました。ひとまず入ってください」
 おばさんは自分では判断つかないと早々に決め、中へ通してくれた。
 すると中にいた上司らしきハゲたおじさんが応対してくれた。
「話は聞きましたが、無理ですね」
 開口一番、首を切られた。
「教員の住所なども個人情報ですからね。そう簡単に明かせませんよ」
 極めて正論だ。反論しようがない。終わった。諦めかけたところ、おじさんが近寄ってきた。
「でもね、あなた、運がいいですよ」黄ばんだ歯を見せて言う。
「村田先生はこの高校長くて、一度ほかの高校に行かれていましたが、また戻られて、昨年までいらっしゃったんですよ。幸い、住所はわかります。かと言って教えちゃいけないんですが、私はこう見えて人情派ですからね。そのような話をされたら、教えてあげますよ」
「あざーっす!」僕はすぐに立ち上がって深々と頭を下げた。えみもそれにならう。
「ただし、身分証は控えさせていただきますからね」
「もちろんです。どうぞどうぞ」と僕は免許証を差し出した。おじさんはそれをコピーしたが、もはやコピーどころか原本をあげてもいいくらいだった。
 それと引き換えにおじさんは村田の電話番号と住所を教えてくれた。
「くれぐれも悪用しないでくださいね。押し掛けていって、いたずらなんてしちゃ駄目ですよ?」
「そんなわけございません!」
 僕は慌てて否定したが、あまりに否定しすぎて逆に怪しまれるところだった。
 個人情報をゲットした僕らはもう高校に要はなかった。盗人のようにそそくさと校舎を後にした。
 またタクシーを呼び、その足で村田家へ向かう。
「あんな風にすぐ情報もらえちゃっていいの? やばくない?」
 さすがのえみも逆に心配し始めた。
「これが田舎ですよ。人情味があっていいですね」思わぬ収穫に、笑顔がこぼれた。
 タクシーが到着するなり、僕は運転手に村田の住所を渡した。
「いよいよね」えみが車窓を見ながら言った。