「でもその低空飛行ももう疲れてしまって。限界なんです。疲労困憊です。このしみったれた人生をどうしようかと思って、このチャレンジ企画にたどり着いたんです。その先は、正直わかりません」
「そっか。わかった。先が見えないからこそいいのかもね。この挑戦は」えみが吹っ切れたように言う。
「じゃ、また明日からもがんばらないとね。おやすみ」えみが手元のリモコンで明りを消した。
「……おやすみなさい」僕は小さく寝返りを打った。


 翌朝、陽の光で目覚めた。と思ったら、えみに揺すられて起こされていた。もう十時近くになっていた。熟睡できるのが無職の特権だが、現実はそうもいかないらしい。
 すぐに朝食を食べた。さすがスイートルームだけあって、朝食は運んできてくれる。狭い食堂で窮屈になりながらバイキングを食べるビジネスホテルとは違う。
「パンもきめ細かいね」
 えみが高そうなテーブルで高そうなパンの上に高そうなジャムを塗りながら言う。
「そうですね」同意しつつ、本当はパンの美味しさはいまいちわからなかった。パンはいつどこで食べても美味しい。あまり高級ホテルに向いてないかもしれない。
「今日はどこに行く?」えみがパンを食べ終えて言う。
「どうしますかね」
「長野に行くしかないでしょ?」
「そうですね」仕方なく頷いた。たしかに残りのリストは長野の案件が多い。
 我がふるさと、長野。先日滞在して帰京したばかりなのに、また向かうことになる。そして今度はだいぶ毛色の違う訪問になる。
 ほどなくして僕らはチェックアウトした。一人二十万もするのに、あっさりとチェックアウト。久しぶりに地上に降り立った。心なしか空気も濃い気がする。さらば、リッツカールトン。ラグジュアリーな体験ができたが、一人二十万は痛い。これなら毎日アパホテルに泊まり、リッチなディナーでも食べたほうがいいと思ってしまうのが貧乏人なのだろう。
 東京駅から北陸新幹線に乗る。実家へ帰るときはいつも高速バスで帰っていた。バスのほうが料金は半分以下で済むからだ。バスだと多少事故で死ぬ可能性はあるが、僕にとっては大した問題じゃなかった。むしろアクシデントでいつの間にか死んでいたほうが良いと思うくらいだ。