えみは仕方なくベッドに横たわった。
「うわ、ふかふかよ、このベッド。まるで雲で寝ているみたい。気持ちいい。死ぬときはこのベッドで死にたいわ」
 えみが本当に気持ちよさそうに寝返りを打つ。それを見て僕も真似てみた。たしかに気持ち良い。このまま死ねたらあっという間に成仏できそうだ。
「気持ちいいわねえ。気持ちよくなったらお腹減ってきたわ。今晩どうする?」
 えみが仕切り直して言う。残念ながら巨漢の腹時計はボロアパートだろうと高級スイートだろうと変わらない。ただただ間を置かずに食らうのみだ。
「せっかくだからどこか出かけたいけど、疲れたね。出前でもとろうか?」
 えみが尋ねてきたが、残念ながら問いかけではない。単なる自分の考えの表明である。
「出前でもいいですよ」高級スイートに泊まりながら出前とは。もうわけがわからない。
「わかった。じゃあすぐに探すね」
 えみがすぐさまスマホで探し始めた。こういうときの集中力と探索能力は凄まじいようだ。しばらくして注文を終えてしまうと、えみは瞬く間に寝落ちした。
 それを見守った後、僕も眠くなり、少し眠ることにした。たしかに、いつの間にか今日も重労働をしてしまったので、疲労は溜まっていた。とにかくベッドが体にフィットして、本当に浮いているようだ。いつの間にか眠りに落ちた。

 目覚めるともう出前が届いていた。三重のお櫃に入っていた。すでにえみは蓋を開けて食べ始めていた。
「もう着いたんだ。早いね」
「もっとゆっくり寝てればよかったのに」
 えみが慈悲深い言葉をかけてくれた。でもそれが慈悲深さではなく、単に僕の分まで食べてしまいたいだけというのがもうわかっている。
「何それ。お弁当?」
「『懐石料理を食べる』よ」
 これもリストらしい。何気にいつも僕のリストを気にかけている。思いやりがあるのか、自分のことしか考えていないのか、よくわからない。
 僕も早速蓋を開けてみると、本当に豪華だ。タケノコとかお刺身とか茶碗蒸しとか、何品ものメニューがある。そしてすべて小ぶりだ。最初に煮物を食べてみたら、薄くて上品な味。
「重箱はすごいけど、中身は結構すぐ食べちゃえるね」
 そうつぶやいたそばから、僕の刺身を一刺しで窃盗するえみ。抜け目がない。
「当然、これじゃお腹いっぱいにならないのよ。前菜みたいなもの」
 これが前菜とは、贅沢の極みだ。