「ありません。スイートルームに二人で泊まります。とにかく高い部屋をお願いします」えみが堂々と要求した。
 受付嬢は少々面喰いつつ、端末で空き状況を確認し始めた。ネットカフェのようにいきなり飛び込みで申しかけてしまい申し訳ない。バックパッカーでも高級ホテル相手にこんな真似はしない。
「今空いているお部屋ですと、百二十平米のお部屋がございます。高層階の眺めがよいお部屋です。晴れていれば富士山もご覧いただけます」
「いくら?」
「おひとりさま、二十万二百五十円です」
「二十万?」僕は思わずリピートしてしまった。ちょうどひと月分の手取りだ。
「意外と安いね」えみがほくそ笑む。感覚がおかしいが、たしかに最近の浪費ぶりを考えると安いとも思えてくるから不思議だ。考えてみれば、一か月働けば高級ホテルのスイートに泊まれるのだから、お得とも言える。一日だけスイートに泊まり、残りは野宿する生活も少し興味がわいてくる。
 早速手続きをして、二人で泊まることにした。支払いはカードで行った。カードは人差し指と中指に挟んで差し出して、少しでも成金っぽく振舞ってみた。
 早速、ボーイに案内されて五十三階フロアに向かう。五十三階なんて建物が普通に存在していることに驚きを隠せない。しかし、思いのほかあっさりとエレベーターが連れて行ってくれた。
 綺麗に着飾った廊下を通り、目当ての部屋に入った。
 そこは、とんでもない広さの部屋だった。ソファがいくつもあり、奥にダブルベッドが二つある。その奥にはガラス張りの光景が広がっていた。
「東京タワーだよ、タワー」えみが子供みたいにはしゃいで言う。
「そりゃ港区だからタワーがあるのは当たり前です」僕は興奮しながらも、ボーイの前では紳士を気取っているので、はしゃぐわけにもいかない。
 部屋の使い方を手短に聞いてボーイを早めに返したあと、僕もようやく窓の景色を眺めた。
「すげえ。晴れてて富士山見えるよ」同じく子供みたいにはしゃいで言う。
 するとえみはもう景色に興味なくて、ダブルベッドの上に仁王立ちになっている。
「ほら見て、このバネすごいよ。トランポリンみたいよ」
 えみが思い切りジャンプする。そのたびに巨体が揺れ、ベッドが震度七くらい揺れ、ミシミシと軋む音がした。
「おい、やめてくれ。ベッドがかわいそうだ」僕が思わず止めに入った。