そんな手紙やハガキに対して、僕は一つも返さなかった。本当に一つも返していない気がする。向こうが実家暮らしで、純粋に恥ずかしかったのが理由で、決して思いやりがなかったとかではない。ただ、結果としては手渡しも含めて返信は皆無だった。当初はそれでよかったのだが、ある瞬間から、それでは成り立たなくなるのだと気づいた。もらってばかりでは駄目だった。それに気づいた時にはもう関係性が崩れていた。
 彼女と別れたあとは、ほかの女性と親しくなったことはない。
 これどうしようかな、と手紙の束を見ながら考えた。十センチ弱の束。リュックで持っていける量ではあるが、常時持ち歩くものでもない。
 逡巡していたら、缶チューハイ三本目を物色しに来た魔物と目が合った。
「それなに?」
 見つかってしまった。ある意味、エロ本が見つかるより恥ずかしい。
「元カノとの思い出の品です」正直に白状した。
「そう。手紙とかね」魔物が意外と慈しみに満ちた表情で言う。
「それどうするの?」
「捨てづらいですね、正直」
「それはさすがにわたしでも処分できない。自分で決めて」
 しばらく手紙を見つめると、彼女との思い出が蘇ってくる。
「処分しますよ」意を決してそう言った。
「ライター持ってないですかね? 燃やしたいんですけど。燃えるゴミにしたくないんですよ」
「バカ。今時野焼きなんてすると捕まるよ?」
「捕まってもいいんですけどね」と言いながら、違うなと思った。このプロジェクトは自暴自棄によるものではない。最後、やけくそになってはいけない。
 気を取り直して、僕はゴミ袋とともに部屋の中央に座った。一つずつ手紙やハガキを千切っていく。一心不乱に千切っていく。これが僕の考える断捨離なのだと思う。今までの思い出や未練を断ち切り、物とともに洗い流す。それで人生を浄化させる。それが断捨離の意義なのだと。気持ちを込めて、なるべく細かく千切っていく。ハンカチなどもハサミで裁断する。
 えみはその様子をただ酒を飲みながら見守っていた。もう少し茶化したり邪魔したりするかと思ったが、まったくしなかった。
 えらいもので、これだけはずっと捨てられないと思っていた数々の品が、十分もせずに散り散りになってしまった。紙が紙くずと化した。
「おめでとう」えみが軽く拍手してきた。なぜだか祝福された。
「あんた、すごいよ。少し見直した」