僕たちは舞台の上で踊る道化だ。
必死に藻掻き、足掻いて、生きた先人たちの屍の上で、たまたま生を受けたキャラクターに過ぎない。
それ以上でも、それ以下でもない。
学校という舞台で、スケジュールされた一日を過ごし、僕たちの時間が消費されていく。

今は、何時限目だろう。
さっきまで、聞こえていた先生の声が段々と薄れていく。
口パクで、何やら説明をしている。
白いチョークでビッシリ書き込んである黒板。
あれを覚えることになんの意味があるのか。
遅くまで働き、家に帰ってこない両親が、今日は早く帰ってこれるというのか。
少なくとも今の僕にはそうは思えなかった。

高校3年生、そろそろ働くのか、進学するのか決めろと言われたが、何も思いつかなかった。
ただあるのは、両親のような生活は送りたくないと言う思いだけだった。

ネットニュースで、友達のネット記事が取り上げられていた。
今日も一躍有名になった彼は、意気揚々と教室に入ってきた。
今は、一番前の席で熱心に授業を聞いていた。

僕には彼のような才能は無い。
ふと、窓際の席で外を眺めていると、隣学区の制服を着た生徒と目が合った。

あまりにキョトンとした表情をしていたので、恥ずかしくなり慌てて、目を逸らす。
違う。そんなことをしている考えている時間は無い。そんな時間は無い。
なにか特別なことをやり遂げなければいけない。
早く進路を決めなくてはいけない。

板書したノートの文字がボヤけ、シャーペンを握る手に力が入る。
いつものように爪痕が残るだけだった。
僕はため息をつき、モヤモヤした感情から目を背けるように静かに目を瞑る。

たちまち僕の脳内から、今いる教室とまったく同じ風景が創造される。
そして、昨日の夜まで、僕の頭を支配していた黒い影が教室の隅から出現し、コツコツと足音を鳴らしながら、僕に近づき、語りかけてくる。

ずっと、先生の話を聞いて退屈じゃないか?
ずっと、同じ画面を見て、ただ写す作業。
なんの意味がある?それを暗記して、紙に移す作業。なんの意味がある?
君の人生に何の意味がある?

君の友人は、今も世界と戦っているというのに。君は何をしているんだ。
僕の脳内には、彼が世界大会で戦っている姿がフラッシュバックした。

僕には、何もない。
特別な能力もない。誇れる技もない。
自分は何もできない。
ただ、目の前に書かれた文字をノートに写すだけだ。
性懲りもなく、また溜息を付くと、後ろの席から背中をツンツンと突っ付かれ、手紙を渡された。

手紙には、見慣れた文字でこう書いてあった。
『ため息ついて、どうしたの?今日は一緒に帰ろう?』

*****



街中がいつもより騒がしく感じる。先日までシャッター街だったせいか、余計に賑やかに感じた。街頭の大型モニターからは、街を元気づける通称、元気放送が流れ続けている。
テレビに写るタレントからは、見慣れた黒い影が伝染っているように見えた。
「どうしたの?またボーッとしちゃって」
「あ、いや、ごめんごめん」
僕は慌てて、謝る。
「心配しちゃうよ、学校でも授業中ボーッとしてるし、みんなこの時期、授業も集中して聞いてるから、余計、目立ってたよ」
クスクスと彼女は笑っていた。
「そんなに、目立ってた?」
僕がそう聞くと、彼女は嬉しそうに頷く。
彼女からは黒い影が見えない。
僕もあのタレントからも黒い影が存在しているというのに。
「うん、目立ってたよ。いつもさ、何考えてるの」
「何って、そんなに気になる?大したこと考えてないよ」
「そりゃ、気になるよ。マサトくんの考えてることは」
彼女は臆することなく、躊躇せず答える。
なんで、そんなにすぐに答えられるのか。
僕には、何もないことが一番分かっているはずなのに。
学校でも、成績は中の下。
球技大会でも大した活躍もなく、部活動も真面目に参加しないでサボってばかり。

「リリは考え事することはないの?」
「んー、あまり無いかな。そんなすごい理由じゃないんだけど。私、頭悩ませて考え込んでもバカだから、結局、何も思いつかないんだよね。だから、背伸びするのもやめたし、変な見栄を張るのも辞めたんだ。それで、考え事をするくらいなら、目の前のことに集中しようって決めたの」
目の前のことか、凄いな。
リリもクラスメイトもそうやって、毎日頑張ってるのかと思った。
僕には、それが出来ない。どうしても毎日の小さな積み重ねが無駄に思えてしまう。
ゴールが無い、出口が決まっていない努力は積み重ねのしようがないと思えてしまう。
小さな努力しかできない、大して何もできない自分が滑稽に見えてしまう。

ひょっとして、リリからあの影が見えないのは、そういう理由なのではないかと感じた。
この前向きな考えが、僕にあれば、夜な夜な脳内を蝕まれることは無いのではないのかと。

「すごいな。僕に無いものをたくさん持ってる」
僕がそう言うとリリは少し、悲しい表情をしたように感じた。

「違うよ。違う。そんなこと言わないでよ」
そうリリが言った瞬間、街中の影という影。
大型モニターも自分の中の影も一斉に彼女に視線を向けた気がした。

僕がゾワっとした気配を感じ、リリに手を伸ばした瞬間、真っ黒な影が彼女を包み込んだ。


リリが消えた。
何が起きたのか理解できなかった。
さっきまで見えていた影は姿を消し、リリも姿を消した。 

あの瞬間まるで、街中の影が彼女に嫉妬したかのようだった。
リリの笑顔は黒い影にかき消された。

それから、僕は、街中を探し回った。
学校も休んで、数日間、探し続けた。
通学路から、記憶に引っかかる場所を思いついたところから片っ端から探した。
そんな非効率なと思われるかもしれないが、僕は自分の足で、情報を一つも見落とさないように、ひたすら歩いて探した。

もしかしたら、自分の思いもよらない場所に隠れているだけかもしれないと、そう願って。

人は夢中になると、自分のことなど気にならなくなる。
ここまで必死になることが、リリのことになるとは、夢にも思わなかった。
僕は今まで、何かをやり遂げる人に憧れていた。すべてを捨てて、自分の人生をかけて熱中できる特別なことに憧れていた。
だけど、高校3年間、学校生活を送っていても遂に見かりそうにはなかった。
いつも、隣に居てくれた幼馴染のリリは遂に姿を消してしまった。

僕は道端に立ち止まった。
この数日間、ろくに寝ていないせいか頭がボーッとしている。
自分の体も自分のものではないかのように、うまく動かすのが難しく感じた。

どうして、自分の前から居なくなってしまったんだ。
警察に事情を話しても、理解してくれなかった。
なぜ、黒い影が彼女を包んで、急にいなくなるのか。
そもそも、黒い影とはなんだ。
街に溢れている黒い影?でも、今は見えないんだろう?
まるで、僕が妄言を話しているかのように、まったく相手にしてくれなかった。

一度、家に帰って、ネットの情報を調べるか。と思ったが、それも否定した。
なんでも、調べたら検索で引っかかるインターネットも黒い影については何も引っかからなかった。
もしかしたら、僕と同じく見える人間がいるかもしれない。
僕と同じ境遇に出会った人がいるかもしれないと思ったが、なにもわからなかった。
どうやら、世界は僕だけで閉じていたようだった。

「はぁ」また溜息をつく。
何か思い悩むと声掛けてくれた。リリはいない。
彼女の顔が浮かんで、そして消える。
人生の先に広がる僕の未来が暗闇に包まれた気がした。
気づくと、周囲は日が沈み暗くなっていた。今日は冬至。日照時間が短い日だった。
ぞっと、寒気が襲ってくる。熱くて脱いだ上着をもう一度着る。

上着を着ても寒気が引くことはなかった。頭が痛い。
気持ち悪い感覚と共に、視界が暗転し、僕は気づかぬうちにその場に倒れ込んだ。

*****


この感覚を倦怠感の一言で表すのは難しい。
体の節々に痛みが走り、ヒリヒリする。頭も少しでも動かすだけでも、感覚が置いていかれるような感覚になる。座っているだけで酔いそうだ。
眩しい明かりを瞼の裏に感じ、僕の意識は現実の世界に戻ってきた。
うっすら、目を開けると、天井に蛍光灯があり、眩しさの原因が理解できた。
同時に強烈な刺激臭を感じ、自分の五感が徐々に再起動していることがわかった。

「やっと起きたか」
僕の視界の外れから、男の声がした。
「いいな。お前、幼馴染いるのか。おれも欲しかった。」
男は近づいてきてジロジロと僕の顔を覗く。
上半身裸でスキンヘッドの男は、その場でジャンプして騒ぐ。
手を握りしめて、悔しそうな表情をする彼。
そのついでに両手を握りしめて、神に祈るポーズでなにかボソボソと呟く。

目覚めてから、急な場面展開に、僕は動揺し、思わず両腕を動かした。
が、手首を手錠で拘束されて、ビクともしなかった。
「え、どうして」
僕は、手首だけではなく、足首も首も自由を奪われていることに驚いた。
そして、反射的にうわーっと叫び、ガタガタと体を揺らした。

「ほら、お前がそんな、急にボソボソつぶやいてるから、こいつ驚いてるじゃんかよ」
奥から別の男がやってきて、今の状況に笑いを堪えられず、吹き出している。
手に持った写真をパタパタさせて、自分の笑いの熱を冷ましている。

気味が悪い。正直、僕はそう感じた。裸の男をよく見ると、背中に電極のような金属が埋め込まれていた。二人の男はコメカミにも何か光るものが埋め込まれていて、少なくとも僕がこれまで会った人の中にはいない人たちのように感じた。

ここはどこなのだろう。果たして、助けは来るのだろうか。
全身から冷や汗が出て、握る拳の中も汗ばみ、熱がこもっているのを感じた。

「さて、そこでバタバタしてる。お前に質問だ」
写真を持った男は、裸で拝んでる男を無視して、さっきまでパタパタさせてた写真を突きつけてきた。
「これ見覚えあるか?」
男が突きつけてきた写真には、僕がよく知っている人物が写っていた。
ずっと、必死に抑え込んでいた気持ちが溢れてくる。
そこには、リリが笑った顔が写っていた。

確か、それは高校1年のときに、入学式で記念に撮った写真だった。そして、自然と当然辿り着く疑問が湧いてくる。
「なんで、その写真を持っている?」
僕は、生まれて初めて怒っていた。
語気を強めて、もう一度、叫ぶ。
「なんで、お前がこの写真を持っている?」
ガシャガシャ手錠がぶつかり合う音が鳴る。
「そう、慌てるなって。何もしないから俺は。聞きたいのは、この女を知っているかどうかだ」
この男は、奥の裸の男よりは冷静そうに見えるが、何かを聞き出そうとしているように感じた。

「知らない」
僕はそう答えて、彼から目を背けた。
こんな怪しい男にリリのことを話す義理はない。
うーん、と唸り男は腕組みをして考える。
じゃあ、この写真はどうだ。と、ゴソゴソとポケットからスマホを取り出して、画面を見せてきた。

そこに写っていたのは、リリが消えた直前の通学路で僕と帰っているところを後ろから撮った写真だった。

「お前、リリをどこにやった?」
「お、やっと反応した。そうか、こいつはリリっていうのか。うん。良い名前だ」
男は満足そうな表情を浮かべ、後ろを振り返り裸の男に自慢する。

「リリちゃんって言うのか」
さっきまで、両手で祈りをしていた男は、写真を取り上げ、ジロジロ眺めるように見ている。
「名前も知れたことだし、そろそろ用済みだな」
そう言い、ワクワクした表情を浮かべ、裸の男は大きな電動のチェーンソーを取り出した。
視線をずらすと、名前を聞き出した男は両手にゴム手袋をつけ、外科手術するような準備をしていた。
また、最初に嗅いだ刺激臭がする。また頭がクラクラして、視界が真っ白にボヤケてくる。息苦しい。指先の感覚も鈍ってきた。
悔しい。結局、リリを探し出すことはできず、どうやら僕の命もここで尽きるようだ。
リリのたくさんの表情が目に浮かぶ。
僕はずっと、自分がなにができるかばかり。人生の意味付けに執着し、いつも隣に居てくれたリリに何もしてあげることができなかった。

チェーンソーの動作音が部屋中に鳴り響く。
「サクッと頭を割って、リリちゃんとの記憶を楽しみますか」

その醜い声が、耳に残響し、僕の意識は途絶え。暗闇へと落ちた。

*****


階段を登る音。
ダンボールと服の擦れる音。
断続的に音が続いたあとに、インターホンの鳴る音が聞こえた。
「ーーさん。お荷物です」
「あ、ありがとうございます」
ガチャガチャとドアを開ける音の後に、ボールペンでサインを書く音が聞こえる。

目を開けても、周囲は真っ暗で、天井からガリガリ音が聞こえる。
どうなっているんだ。
全然、体を動かそうにも身動きが取れない。
口もガムテープで塞がれているのか動かせず、ギリギリ鼻で息を吸える状態のようだった。

「重いな。頼んだのこんなに重かったっけ?」
その言葉が聞こえたあと、ドスッと床に置かれる振動が地面から伝わってきた。
もしかして、僕は今、荷物の中に入っているのか?
そして、そもそも、なぜ僕はこんなことになっているのか。

記憶を遡ると、変な二人組の男が現れる。二人の姿はぼんやりとしていて、顔が霞みかかったように、モザイクがかかり、的確に思い出せない。
思い出せるのは、印象的な光ったコメカミと、不気味で陰湿な室内の雰囲気だった。
手の震えは何かを記憶しているかのように、反応し、止まらなかった。

「何、入ってるんだっけ。」
脳天から声が響くと、バリバリと音がして、光が差し込んできた。

「え。何してるの?」
眩しい光とともに、見知らぬ顔が覗き込んできた。
「サプライズ。なのかな?それにしても何か、手が込み過ぎじゃないかな」
苦笑いをして、カッターを使って、ダンボールを展開し始める。
でも、なんで全身縛られてるの。と呟いて、丁寧に両手の縄と口に貼られたガムテープを外してくれた。

「いいよ、そこ座って。マサトくん、うちに来るの初めてだっけ?まさか、こんな方法でうちに呼ぶことになるなんてね」
僕の拘束を解いてくれた女性に促されるように、僕は遠慮しながら、そばの椅子に座る。
どうやら、この女性は僕のことを知っているようだ。
「ごめんなさい。急にお邪魔してしまって」
僕はとっさに、失礼の無いように、立ち上がりお辞儀をする。
「良いよ。そんなに仰々しくしないで。ほんと、どうしちゃったの?」
女性は笑いが堪えられず、クスクス笑っている。
僕はどうやら、この状況をひとまず、受け入れてもらえていることに安堵した。
そして、笑っている女性から視線をずらし、部屋の内装に目を向けると、壁際のコルクボードにたくさん写真が貼ってあるのが目についた。

「これ、僕が写ってる」
とっさに、僕は立ち上がり、壁に貼ってある写真をよく眺める。

「あ、それ、よく行ったよね。水族館。懐かしいな」
女性は嬉しそうに話し始める。
「私達、迷子になっちゃって、待ち合わせるのに1時間くらいかかっちゃったよね」
女性は懐かしそうにそう言った。

行ったか?水族館なんて、僕は記憶を思い出そうとしたが、何も思い浮かばなかった。
女性が指で指したその写真に映る自分は、見たことのない服を着て、そして、どこか大人びた雰囲気を感じた。
今、西暦何年だっけ?僕は恐る恐るそのワードを口に出す。
「どうしたの?急に。2024年だよ」
女性は不思議そうに答える。
僕はしばらくその数字を自覚できずにいた。
が、コルクボードにその証拠は揃っている。

僕は、未来にタイムスリップしたのか?
それとも、ずっと冬眠をして気づいたら未来だったのか
あの18歳の運命の選択を僕はどうしたのだろう?
結局、何もできずにスキップしてしまったのだろうか?

そういえば、あのとき僕は、学校を休んで何かに夢中だった気がする。
もう、西暦を聞いたときから、遠い過去のような感覚だが、確かに焦燥感を憶えていた。
聞きたい。あのとき何があったのか。
僕は為すべきことを出来たのか。
どんな選択をしたのか。

「君は僕のことを知ってる?」
僕は勇気を出して、助けてくれた目の前の女性に尋ねる。
女性はキョトンとした表情になり、どうきたの?とばかり、またニコニコ笑い始める。

「もちろん、知ってるよ」
女性は、息を落ち着かせて、そう言う。

その言葉にドキッとした。
そして、どんな言葉が続いても耐えられるように唾を飲み込む。

「だって、私の彼氏だもん」
女性はニコっとして、こちらを見る。
そう言われて、ハッとする。
確かに、写真の僕の隣にいたのは、目の前の女性と同じ人だった。

「いつから、僕のことを知ってるんだ?」
そう聞くと、彼女はコルクボードから数枚取り出して、こう言う。

「ずっと知ってるよ。幼稚園からずっと」
そう言って、彼女は、人生の節目節目のイベントを並べる。
小学校の入学式、高校の入学式、大学の入学式。全部、一緒に撮影していた。

時には、ふざけあってる写真から、ムスッとしてる写真まであり。とても楽しそうに見えた。

「僕は幸せ者だね。こんなに楽しく暮らせてるなんて」
どうして、彼女のことが思い出せないのだろう。
こんなにも優しくて、今も側に居てくれてると言うのに。

「どーしたの?さっきから、今日、何か変だよ」
彼女はそう言い、僕との距離を詰めた。
ふわっと、彼女の匂いが香る。
そして、そっと抱きしめてくれた。

「ごめんね。思い出せないんだ。何も」
こんなにもずっと一緒に居るはずなのに。
ずっと時間を過ごしたはずなのに。
悔しかった。彼女の優しさを受け止められない自分が嫌だった。

彼女は驚いた表情を隠せずにいる。
そうだよね。
ずっと一緒に居たはずなのに、覚えてないなんて言われたら、彼女はどう思うだろう。
ショックなはずだ。
今まで側にいて、同じ景色を見てたはずなのに。そこから居なかったかのように振る舞われたら、嫌なはずだ。

「自己紹介まだだったよね。私の名前、リリです。よろしくお願いします」
リリはそう言うと、少し距離を取り、礼をした。
リリは瞼に浮かべた涙を隠して、またニッコリ笑顔を見せてくれた。

リリ。彼女の名前。
良い響きだ。

「ありがとう。僕の名前はマサトです。よろしくお願いします」
僕は彼女の誠意に答えられるように、言葉を噛み締めて、お礼を言った。

またリリと新しいスタートを切れた気がした。
もう二度と、失いたくない。
二度と?

では、一度目は何故起こった。

絶対、忘れたくなかった記憶。
なぜ忘れた?

頭が痛い。
男たちの姿がフラッシュバックして、
あの通学路で、彼女が消えた瞬間がフラッシュバックする。

気がつくと、目の前のリリは、また黒い影に包まれようとしていた。

もう二度と失いたくない。

「リリ、もうどこにも行かないでくれ」
そう言い、必死に彼女に向かって手を伸ばした瞬間。

また視界が暗転し。
そして、意識が暗闇に沈んでいった。

*****



「ーーくん。ーーくん。」
体を誰かに揺すられている。

頭がくらくらする。
直前の記憶のせいか、僕の腕は伸び切ったままで、重い瞼を空けると、僕の目の前には、ずっと会いたかった人がいた。

リリがいた。
制服姿のリリがいた。

今までどこに行ってたんだよ。
溢れ出す涙が止まらなかった。
ずっと、探してたんだ。
君が消えた生活。君が僕の記憶から存在しない生活は、まるで僕のようで、僕じゃないようで。怖かった。

僕の悩みなど、君を前にすればどうでも良いことを知った。
溜息なんて、出やしない。
安堵と嗚咽。

僕の特別はリリだった。
ずっと、待ちわびてたこの瞬間を。
僕は起き上がり、リリを抱きしめる。

リリは何も言わず、そっと腕を回してくれた。
そして一言。

「おかえり」