外れスキルでSSSランク魔境を生き抜いたら、世界最強の錬金術師になっていた~快適拠点をつくって仲間と楽しい異世界ライフ~


 町長は言ったとおりに、広場で集会を開いた。集まった人たちは、わいわいがやがやと賑やかにしていたが、町長が壇上にあがると、静かに言葉を待った。

「皆の衆。知っての通り、この町はソラどのの庇護下にある。だからこそ、わしらは安心して生活ができておる」

 町長がそう言うと、そうだそうだと声が上がった。

「しかしながらこの町は、王国の一部ということに変わりはなかった。だが、それも今日までじゃ!」

 町長は、両手を広げた。

「この町は、王であるソラどのの領地となり、王国から完全に独立する!」

 その瞬間、割れんばかりの拍手が湧き起こった。

「独立万歳! 独立万歳!」

 よほど王国の統治に鬱屈していたのだろう。町の人々は、声の限りに叫んでいる。

「ソラどのの錬金術のおかげで、村は、町はここまでの発展を遂げたのじゃ! 錬金術と、知恵と、行動力に、心からの感謝を送りたい!」

 俺は熱狂した村人たちに、体を持ち上げられた。

「お、ちょ、ちょ!」

「独立万歳! 練金王万歳!」

 いつの間にか、すごい呼び方をされている。その中で、町長は力の限りに叫んだ。

「錬金術はソラどのの力じゃ! しかし、知恵と行動力は、わしらでも持つことができるものじゃ! ますますの! ますますの町の発展を心から願う!」

 町の人々はますます湧き上がり、手がつけられない有様だ。俺は熱狂している人たちの間をすり抜けて、なんとか騒ぎから抜け出した。

「よう、ソラさん!」

 いきなり肩を叩かれて、思わずビクッとしてしまった。

「今日は錬金術での作業ってのを、見せてくれる約束だったじゃねえですか」

「もちろん忘れてませんよ」

 俺は大工さんたちと一緒に、建設予定地まで歩いた。空き地だったところには、既に加工した石材と木材を積んである。

 ひとつの住宅街を造る大仕事だ。俺は手のひらを前に出して、全神経を集中させた。

《構築》

 ぶわあっと、空に大量の材料が舞い踊る。石畳の道ができ、その左右に石と木が積み上げられて、一本道の奥まで家が建ち並ぶ。大工さんたちは、ぽかんとその様子を眺めていた。

 次に小さな苗木の入った鉢を次々と、一定の間隔で円く造った土と《融合》させる。

 そこからは魔法の出番だ。

《時間推進》

 苗木はあっという間にメキメキと成長して、涼しげな葉を開く。

 住宅街の完成だ。

「設計図どおりでしょうか?」

「こいつは驚いた……あっという間に町が……」

「これが錬金術……すさまじい……」

 大工さんたちは、住宅の壁に触れたり石畳を踏んだりして、出来映えを確かめている。 

「内装とか、細かいところは手を着けられてないので、そこはみなさんにお任せしたいと思います」

 そう言うと、彼らは笑った。

「おうよ! でないと俺たちの仕事がなくなっちまわあ!」

 それから百貨店に行って、ラーメンで腹を膨らませる。

「ごちそうさまでした」

「ぜひぜひ、またいらしてください!」

 百貨店を出て広場を通ったところで、石工さんに声をかけられた。

「町のみんなから要望があってね、広場にソラさんの石像を建てようと思うんだが、どうだろう?」

 それはさすがに恥ずかしすぎる。

「すみません、そればかりは、ちょっと勘弁してください」

「うーむ、そうですか。でも噴水の傍になにか置きたいんだよなあ。そうだ!」

 石工さんは、作業場に案内してくれた。

「これならどうです? 弟子が作ったんですが、なかなか良い出来でね」

「……それなら、いいんじゃないでしょうか」

 そうして広場の中心にどーんと鎮座することになったのは、誰でもない、ミュウの石像だった。

「みゅ? みゅ?」

 ミュウは石像の周りで、不思議そうにぴょんぴょん跳ねる。そしてスキル《完全擬態》を使って石になり、石像と睨めっこをしていた。

「………………」

 町の発展はめざましい。ラーメンをはじめとした特産品もでき始めた。法学者たちによる、新たな法の草案も上がってきている。

「ソラは、素晴らしい王ね」

 サレンが言った。

「私も魔物の王だったけれど、ここまでのことはできなかった……」

 サレンは自分のつま先を見つめて言った。

「魔物を統率し、人間に対する対抗勢力を作る。それだけを考えていた。だから恐怖を与え、逆らうものは力でねじ伏せた。私にできたのは、そこまでだ」

 うつむくサレンの帽子に、俺は手を乗せた。

「みんなの力を借りて、できることをやっただけだよ。みんなが素晴らしいんだ」

「そこがすごいところだよ」

 サレンは俺を見上げた。

「私は、部下のひとりひとりの顔を見ていなかった。誰になにができるのか、みじんも考えていなかったんだ。ソラにはそれができた。だから人も集まる。そこには恐怖も力もない。あるのはただ、お互いの信頼……」

 そう言って、少し悲しげに笑った。俺は大きな麦わら帽子ごしに、サレンの頭を撫でる。

「そろそろ、お昼にしようか」

 俺たちはベンチに座って、カレーパンを食べた。この開発にも、俺は口を出させてもらっている。サクッとした表面に、生地はモチっとしていて、中には固めに煮込んだカレー。

「美味しいね」

「ああ、美味いな」

 子供たちの遊ぶ声、店の呼び声。こうして噴水を眺めていると、昔の荒れ果てた村が嘘のようだ。

「ごきげんよう、王様!」

 町ではいろんな人に声をかけられる。

「実は面白いアイディアがありましてね!」

 この町が、悪魔の森の下に独立することが決まってから、みんなはいよいよ活発になった。創意工夫を凝らして、俺が知らないところでも、どんどん新しいものが生まれている。

 農作物も、ずいぶんと種類が増えた。また新しい料理に挑戦できるかもしれない。

「ぜひ、お話を聞かせてください」

 忙しい毎日だが、それが本当に楽しくてたまらなかった。

 ここはソラが建てた新しい屋敷で、私の部屋も用意されている。

 ソラは、本当に優しい。

 私のなにもかもを受け入れてくれた。

 だからこそ、話さなければならない。

 魔王が、どういう存在であったかを。

 みんなで昼の食事を終えたあとの、ティータイム。

 いろんな話に花が咲いているが、私は言わなければならなかった。

 私は、イスを引いて立ち上がる。

「みんな、聞いてほしいことがあるの」

 お喋りが止まり、みんながこちらを見た。

 胸がどきりとする。

 けれども、黙っているわけにはいかない。

「私は勇者どもに倒されるまで、この大陸の魔物を率いていた」

「あいつの言っていた、魔王というやつだな」

 フェリスの言葉に、サレンは頷いた。

「人間は、私のことをそう呼んでた。私がやったことは、魔物を束ねて人間に抗う、ただそれだけ。王と呼ばれるべき存在だったのかはわからない」

 そう言ってサレンは、小さなこぶしを握る。

 みんな格別驚いた様子は見せないが、じっと私の次の言葉を待っていた。

「魔物には当然、強い者もいれば弱い者もいる。悪魔の森はどうなのか知らないけれど、外の世界では魔物は人間に狙われる。だから強い力を持った庇護者が必要だった。それが私」

 ソラも、真剣に話を聞いている。

「でも、勇者どもに〈魔力核〉を奪われて、その力を失ってしまった」

「〈魔力核〉?」

 ソラの問いに、私は答える。

「その名のとおり、強力な魔力の源。それを取り戻さなければ、魔物はまた人間に狙われるだけの存在になってしまう。だから私はソラを利用して、勇者どもから〈魔力核〉を取り戻す手伝いをさせようとした……」

 思い切って、言った。

「今まで騙してて、ごめんなさい……!」

 大きく頭を下げた。

 最初に口を開いたのは、リュカだった。

「頭を、上げてちょうだい」

 リュカは優しく言った。

「巨大な勢力に対して、統率を取るのはとても大切なことだわ。縄張りさえはっきりさせれば、争いは減るもの。あなたは責任を果たそうと頑張っていたのね」

「でも、他にやりようはなかったのではなくて? 自分の次に実力を持った魔物に、権力を引き渡しても良かったのですし。お兄さまを利用する計画は、あなたの傲慢にも思えますわ。それに……」

 フウカの言葉を、フェリスが遮った。

「私はそれがいちばん気に食わない」

 そう言って、こちらを睨んだ。

「外の魔物がどうなろうと私の知ったことじゃない。でもソラが外の世界を知らないことにつけ込んだ。その小賢しさが腹立たしいな」

 フェリスの言いたいことはよくわかる。

 私がフェリスと同じ場所にいたら、私は私のことをけっして許さないだろう。

「俺がサレンと同じ立場なら、きっと同じことをしてるよ」

「下手なフォローはよせ。ソラの性格上、それはない。私がいちばんよく知っている」

 それは、私にもわかることだ。

「でもね~」

 立ち上がったのは、ホエルだった。

「ひとりで人間から逃げてたんだよね~。それって~、最初に悪魔の森に来たときの~、ソラと同じなんだと思うな~」

 そう言いながら、ゆっくりと近づいてくる。

「だからね~、サレンはね~、頑張ったんだよね~」

 身構えていると、

「フェリスは怒ってるけど~、ちゃんと味方なんだよ~、だからね~、安心していいからね~」

 ぎゅっと、と抱きしめられた。

「もうね~、大丈夫だよ~」

 顔が、温かい胸にうずもれる。

 その瞬間、限界が来た。

 力を失ってからの孤独の日々が、一気に胸の中で押し寄せてきた。

「うっ、うっ、うっ……」

 私はホエルの胸に顔をすりつけた。

 また、私は、泣いている。

 あの雨の日と同じように。

 私は泣いてばかりだ。

「いっぱい頑張ったんだから~、いっぱい泣いてもいいんだよ~」

 頭を撫でてくれるホエルの手が、心地よかった。


  *  *  *


 サレンの告白のあと、俺はエルダーリッチの部屋に呼ばれた。

 新しい部屋はすっきりと片づいていて、風通しがいい。本棚には、分厚い本が数冊並んでいるだけだった。

 悪魔の森にある彼女の部屋は、本棚から飛び出した本でぎっしりだった。ここもじきに散らかるのかもしれない。

「国王がサレンを引き渡せと言った理由がわかったな」

「ああ」

 俺はイスに座りながら答えた。

「彼女の言っていた〈魔力核〉ってやつが、グルーエルたちには使いこなせないんだろう。エルダーリッチの時代には〈魔力核〉はあったのか?」

「あった。正確に言えば、あるとされていた。無限の魔力を生む宝玉だそうだ。選ばれた者だけが使いこなせるという」

「じゃあ、サレンが選ばれた者ってわけか」

「ただ、そうなると疑問が残る」

 エルダーリッチは立ち上がると、魔法で湯を沸かしてお茶を淹れてくれた。ポットと温められたカップをテーブルに置いて、彼女は続ける。

「無限の魔力などというものを持っていたとすれば、あの勇者ごときに遅れを取ることはなかっただろう。勇者どもは君の力を目にして、逃げ出したそうじゃないか」

「となると、サレン自身も〈魔力核〉を完全に使いこなしてはいなかったってことか」

「それは実に……魅力的な解釈だな」

 ポットから、微かに甘い香りが漂ってきた。エルダーリッチは続ける。

「〈魔力核〉に言い伝えられるほどの力がなかったということも十分に考えられる。しかしながら、サレンが〈魔力核〉を使いこなせていなかったというという君の説には、やはり説得力を感じるな。なぜなら“勇者”という力を持ちながら、それに敗北したサレンの引き渡しを求めるということは、かつてのサレン以上の可能性……強さを〈魔力核〉に求めていることの証左だからだ。連中はおそらくサレンを“コントローラー”にして〈魔力核〉の力を引き出そうとしている」

 エルダーリッチは、ポットからお茶を注ぐ。

「ありがとう」

「どういたしまして。さて、君が仲間と言った以上、もうサレンを引き渡すことはないと思うが、万が一彼女が国王の手に渡ったとなると、厄介だぞ」

 そう言って、紫の目で俺を見た。

「サレンは魔王としてひとりで魔物を率いて“人間すべて”と渡り合っていた。それが一国の手に渡るとどうなる?」

「それは……」

 容易に想像がつく。世界中でひとつの国だけが、何度でも使える核兵器を手にしたようなものだ。

「〈魔力核〉を手にした国王は、魔王と比べものにならないくらいに困った存在になる。サレンから〈魔力核〉を奪うために《異世界勇者召還》などという外法に手を染める連中だ。間違いなく、世界征服に手を出すだろう。そこへ更に勇者という力が加わるのであれば、大勢の人間の死は避けられない」

 お茶を少し飲んで、エルダーリッチは言った。

「私はこれでも、まだ人間を護る存在でいたいのだよ」

 そもそも、人間を滅ぼしかねない魔物を封じるために、悪魔の森の迷宮を造り、そこに人生を捧げた彼女だ。その気持ちは誰よりも強いに違いない。

「〈魔力核〉に関して言えば、君が《鑑定》をかければ手っ取り早いだろう。それはともかく、だ。喫緊の問題は、この町と王国との関係ではないかな」

「確かに、そうだ」

 この町はいま独立に湧いているけれど、いつまでもお祭り騒ぎをしているわけにはいかない。

 使者のグルーエルをひっぱたいて追い返してしまったし、国王は相変わらずサレンを求めている。なにか手を出してくるかもしれない。

 たとえば交易路の封鎖や、河川の汚染。そういうことをされてしまうと、町の人々を守りきれないかもしれない。

「孤立による弊害を防ぐためには、領土を広げるしかない。しかし領土を広げれば、争いが起こる。難しい立場だね、練金王」

「その呼び方はやめてくれ」

「冗談だ。ほら、早く飲まないとお茶が冷めてしまうぞ」

 エルダーリッチの淹れてくれたお茶は、甘い独特の香りの中に、わずかな優しい苦みがあった。

「特製のハーブティーだ。張りつめた神経をリラックスさせる効果がある」

 そう言って、笑顔を見せた。

「サレンもそうだが、君もあまりひとりでなにもかも背負い込まないことだ。そのために私がいるし、リュカたちもいるのだからね。そうそう」

 思い返したように、エルダーリッチは言った。

「フェリスがえらく機嫌を損ねていたな。フォローしてやるといい」

「わかった。お茶、ごちそうさま」

「また飲みたければ、部屋に来なさい」

 俺はエルダーリッチの部屋を出た。

「………………」

 確かに、フェリスが腹を立てるのも、もっともかもしれない。

 フェリスから見れば〈悪魔の森を統べる王〉なんて肩書きを背負っておきながら、脇の甘さでサレンにうまく利用されていたわけで。これは王としてどうなんだろう。

 それに、フェリスは何度も「サレンに気をつけろ」と警告していたのだ。俺は、それを無視していたようなかたちになる。

 そうして俺は町でのんきに、ひたすらやりたいことをやっていた。ずっと警戒を怠らなかったフェリスを放っておいて、だ。

 そりゃ、怒って当然だろう。

 軽く見られていると思われても仕方がない。

 フェリスが大事な仲間だということを、改めて、ちゃんと伝えなくてはいけない。

「よし……!」

 俺は、フェリスの部屋のドアをノックした。


  *  *  *


 さっきは食堂で、心の狭いところを見せてしまった。

 ソラがサレンを庇っていると、よくわからないイヤな感情が湧き出てくる。

「………………」

 サレンは魔王を名乗っていたらしいが、なんともいえない愛嬌がある。ああいう存在を見ると、人間は守りたくなるものなのだろうか。だからソラは――いや。

 私も〈誓約の首輪〉で、ソラに傷を癒してもらった。ソラは、助けられる者は誰だって助けてしまうのだ。だから愛嬌などとは関係なく――しかしそんなもの、私は持ち合わせていない。たぶん、サレンの方が、可愛らしい。

 そんなふうに思考がグルグルして、最後には自己嫌悪に到達する。でも、そんなことは関係なくソラはみんなを――また、思考が始まる。

 私はやはり、心が狭いのだ。とてもホエルのように、寛容にはなれない。

 私だけのソラであったなら――そんなことまで思考にチラつく。

 どんどん、心が汚れていっている気がする。

 とても腹立たしい。

 もちろん、こんな自分に対してだ。

 そんなふうに自己嫌悪に陥っていると、部屋のドアが叩かれた。

「俺だけど……」

「入れ」

 後ろ頭を掻きながら、ソラが入ってきた。

 やっぱり、さっきひどい態度を取ったことについて、叱られたりするのだろうか。

 ソラには嫌われたくない。なにを言われても、素直に受け入れよう。

 そんなことを思っていると。

「ちょっと、散歩にでも行かないか?」

「……皆で出かけるのか?」

「いや、君とふたりでだ」

 エルダーリッチから聞いたことがある。男女でふたりきりで散歩することを、人間の間ではデートと呼ぶらしい。

 素直に聞いてみた。

「デートか?」

 すると、ソラはまた頭の後ろを掻いた。

「まあ、そうだな。それでいいと思う」

 煮え切らない態度だが、そういうことらしい。

 どういう風の吹き回しだろう。

 デートというのは、親睦を深めるために行われるらしい。ソラはなぜこのタイミングで、私と親睦を深めようとするのだろう。疑問は尽きない。

「とりあえず、百貨店にでも行くか」

 百貨店というのは、ソラの建てた巨大な商売人の城だ。五階では、美味しいラメンを食べることができる。

「ついでに、雑貨屋にでも寄ろうか」

「ザッカヤ?」

「アクセサリーとか、ちょっとした文房具とかが売ってる店だよ」

 ふたりで並んで町を歩くと、なんだか心地良い。こういうのはとても、久しぶりな感じがする。自己嫌悪で落ち込んでいた気分も、上向きになってきた。

 しかし。

「あ、王様! 見てください、ブローチが壊れちゃったんですよう」

 若い女が、ちょくちょくソラに声をかけてくる。無視すればいいものを、ソラはそれにいちいち答えて、錬金術まで使ったりする。

「これで直りましたよ」

「ありがとうございますーう」

 片目をつぶって、女は去っていく。ウィンクといって、親愛の情を伝えるジェスチャーらしい。私もかつて鏡の前で練習してみたが、上手くいかなかった。

「………………」

 ああ、また感情がよどんでくる。いけない、今はデートを楽しむのだ。

「王様、桶が漏れちゃって……」

 桶屋に頼め。

「王様、スカートの裾が破けちゃって……」

 服屋に頼め。もしくは自分で縫え。

 しかしソラは文句も言わず、錬金術を惜しげもなく使う。王に木端仕事をやらせるとはなにごとだ。文句のひとつも言ってやりたいが、嫉妬していると思われたらイヤだ。

 いや、私は明確に嫉妬している。

 ソラと出会ってから、感情のコントロールに苦労することが本当に増えた。大事な存在なんて誰ひとり存在しない生き方をしてきたから、鍛えられているべき心の部分が、きっと軟弱なのだ。

 使わない筋肉が衰えるのと同じことで、私の心のなにかは、ずっと甘やかされてきたのだろう。

 私が思うに、大事な存在との出会いとは、心の鍛錬なのだ。嫉妬や自己嫌悪を克服して、相手にとって良き存在とならねばならない。

「どうしたんだ? フェリス」

 ソラが、少し心配そうに尋ねてくる。

「なんでもない」

 少し、答え方が素っ気なかっただろうか。

 それから、百貨店に行ってラメンを食べた。

 つるつるした麺に、温かいスープ。

 これを食べている間は、少し心が落ち着いた。

 落ち着いてくると、今度は悪魔の森で食べたカレーのことなんかを思い出して、鼻の奥がツンとする。

 最近の私は、本当に変だ。

「王様! 前に食わせてもらったモモイノシシ、あの骨を出汁に使うと新しいスープができそうなんだがね!」

 料理人の言葉に、ソラが答える。

「それはいけませんよ。塩くらいならいいですけど、基本的には町か行商で手に入る材料を使いましょう。必要なのは安定供給です」

「そりゃあ、確かに仰る通りだ!」

「ともかく、出汁は他のものを試しましょう。そうだ、実は思いついたことがありまして」

 ソラと料理人は、楽しそうに話し合っている。最近のソラは本当に忙しくて、楽しそうだ。

「フェリス」