最初は、なんて馬鹿な奴だろうと思っていた。
人間の少女に似た姿をしているとはいえ、頭には角が生えているのだ。
この世界にいる者なら、誰だってその存在を知っているだろう。
魔王、であると。
しかしあいつは、私の角を気にも留めない。
なんて馬鹿な奴だろう。
聞くところによると、世界は酸い物と苦い物と甘い物でできているという。
苦みはもう散々だ。
なにが酸いのかは、長く生きていてもよくわからない。
必要なのは甘い思いをすること。
そのために他者を利用する。
すべての生き物が、そうしているように。
あいつはなかなかの実力を備えている強者だ。
利用すれば、少しばかり甘い思いもできようかと、私はそんな考えでいた。
少しばかりの甘い思い。
そこから野望を膨らませて、私は再び魔物の王へと返り咲く。
ひとつ計算違いがあったとすれば、それはあいつがあまりにも甘すぎたこと。
私が求めていたよりも、ずっと、ずっと――ソラという男は甘かった。
* * *
俺の肩の上で豆のパンを食べながら、おずおずといった様子で少女は答える。
角について尋ねたかったが、体のことでもあるし気が引ける。なので状況について尋ねることにした。
「サレン。君はどうして、兵士に追われていたんだ? お父さんやお母さんは?」
「……わからない」
「ソラ」
呼んだのはエルダーリッチだ。黒い髪を風にそよがせて、何百年ぶりかの外を味わっている。
「あとでふたりきりで話がある」
「サレンのことでしょう? いま話せばいいじゃない」
口を挟んだのはリュカ。彼女の正体は、悪魔の森を治めていた獄炎竜リンドヴルムだ。人間のかたちをとっている今も、その瞳には赤い炎が宿っているように見える。
「内緒話でこそこそなにかを決めるのは、陰険だわ」
「お前は直情過ぎる」
次はフェリス。またの名を蒼氷狼フェンリル。かつては悪魔の森のなわばりをリュカと争っていた。それでも今ではすっかり仲良く――。
「陰険だろうがなんだろうが、ソラにとって最善の策を採るべきだ」