わたしがついてくることがあたりまえとでも思っているのか、振り返る気配すらない。悲しいけど、仕方がない。だって梁井先輩は初めから、わたしに興味も関心もないんだから。
梁井先輩が興味があるのは、わたしの名前だけ。彼の好きな人と同じ名前だったから、気まぐれに彼女にしてもらえた。こんなチャンス、誰にでも巡ってくるわけじゃない。好きな人の彼女でいられるチャンスを簡単には逃せない。
だから頑張ったのだ。梁井先輩がわたしの名前に興味があるのなら、せめて名前に見合うような彼女になろうって。容姿も性格も、少しでもいいから梁井先輩の理想に近付けて、一秒でも長く彼の視界に留まろうって。
代わりでよかった。梁井先輩が好きな「みなみ」になりたかった。
だけど、ダメだ……。頑張ってみたけど、そろそろ限界。
だって、わたしは梁井先輩の好きな「みなみ」じゃない。髪型やメイクをマネしても、毎日笑顔を絶やさずいても、わたしはどうしたって、梁井先輩の想う「みなみ」になれない。
胸の圧迫感に逆らうように深呼吸すると、わたしは浴衣の裾を膝下から両手で左右に分けて託し上げた。大股二歩で車道と仕切るガードレールに近付くと、下駄を脱ぎ捨てる。ガードレール同士を繋ぐ支柱に片足を載せて、勢いよくそこに乗っかって立つと、通行人たちが少しざわめいた。
浴衣姿で急にガードレールに立ったわたしを、ほとんどの人が見て見ぬフリで通り過ぎていく。車道を紺のミニバンが走り抜けて行き、首の後ろと浴衣の裾を捲り上げた膝の裏に風を感じる。
「危な……」とつぶやく他人の声が聞こえたけれど、どうでもよかったし、危険なことをしている高揚感が苦しかった胸の圧迫感を取り除いてくれた。
背筋を伸ばしてピンと立つと、相変わらずわたしに気付かない梁井先輩の背中が見える。その背中を睨むようにじっと見つめながら、わたしは思いきり息を吸い込んだ。
「アイちゃん……!」
白のTシャツを着た梁井先輩の背中に向かって、思いきり叫ぶ。みなみ先輩が彼を呼ぶときの愛称で。