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 訳がわからないまま体育の見学も終わり、四時間目の授業を受けたら、ようやくお昼になった。
 食堂で食べようと思ったけれど、食堂を見て「むう……」と声を上げてしまった。
 三時間目と四時間目の間の休み時間中に、日替わり定食のチケットは完売してしまったらしい。今日の定食は唐揚げ定食だったから、運動部の子たちに全部買い占められてしまったようだ。
 すごく唐揚げが好きな訳じゃないけれど、一品ずつ買うよりも安かったのになあ……。仕方がなく、他に買えそうなチケットを見ると、焼きそばとか、カレーライスとか、一品料理だけれど大味過ぎるものばかりだった。ナポリタンとかオムライスとかあったらよかったのに、今日はないみたい。

「今日は外れだったねえ。どうする? 購買部でパン買いに行く?」

 沙羅ちゃんが気を遣ってそう言ってくれる。ちなみに部活のほうに顔を出すからと、絵美ちゃんはさっさと購買部でパンを買って部室のほうに引っ込んでしまった。
 わたしは「そうだねえ……」と諦めて食堂を出ようとしたとき。

「チケット、買えなかったのか?」

 意外なことに声をかけてきたのは、滝くんだった。滝くんの手には、日替わり定食のチケットが四枚。
 沙羅ちゃんは思わずわたしの背後に隠れようとするけれど、沙羅ちゃんはわたしより背が高いから隠れきれない。
 わたしは慌てて沙羅ちゃんに替わって口を開いた。

「うん。もうチケットがなかったから、パンを買いに行こうと思ってたんだけれど……」

 思わずちらちらチケットを見てしまうけれど、サッカー部の先輩たちに頼まれて買ったんだったら、滝くんも怒られてしまうだろう。
 なによりも、さっきから滝くんのファンの女の子たちがちらちらとこちらに視線を寄こしてくるので、気まずいから早く会話を切り上げたい。でも沙羅ちゃんは恥ずかしそうにわたしの後ろで身じろぎしているのを見ていたら、その場で会話を打ち切って逃げ出すのも酷だ。
 わたしがぐるぐると考え込んでいたら、滝くんはひょいとチケットを二枚取って差し出してきた。

「これ。買ってこいって言われたけど、先輩たち保護者会から差し入れ入ったからそっち食べるって」
「へえ……そうなんだ」
「余ってるのを売るのもどうかと思ったけど」
「い、ただきます!」

 わたしが答えるよりも先に、沙羅ちゃんがありがたそうに滝くんからチケットを受け取った。うん、よかったよね。沙羅ちゃんも。顔を真っ赤にしてチケットを受け取っている沙羅ちゃんを見ながら、わたしも「ありがとう、あとでお金返すね」と言いながらチケットを受け取って、唐揚げ定食をもらうことができた。
 席はどこもかしこも混雑していたせいで、必然的にわたしたちは開いていた大テーブルで並んで食べることになった。
 わたしは沙羅ちゃんに気を遣って滝くんの隣をあげようとしたけれど、沙羅ちゃんが照れ過ぎてわたしを盾にしてしまい、わたしが滝くんの隣に座ることになってしまった。いいのかな。
 さくっとした唐揚げのジューシーさと、レモンドレッシングのおいしいサラダを堪能していたら、滝くんは珍しく口を開いた。

「退院したばっかりだけれど、大丈夫か?」

 あんまりしゃべったことがないのに、場を繋ぐっていう発想があったのかと、ついつい失礼なことを思ってしまう。

「ええっと、大丈夫だよ。授業は沙羅ちゃんや絵美ちゃん……ええっと早水《はやみ》さんや鮎川《あゆかわ》さんにノート取らせてもらったし、わかんないことは教えてもらったから」
「そうか」

 そこでぶっつりと会話が途切れてしまう。
 不器用だなあ。わたしはそう感心しながらカップのコンソメスープをすすっていたら、沙羅ちゃんが気を遣って会話に入ってきた。

「サッカー部は、今日は昼練はなし? いつも外で食べてるから、サッカー部が食堂を使うのは珍しいよね」

 そうだ、サッカー部は外野に練習の邪魔されないようにって、外でバスに乗って練習に行っているから。昼休みもバスの中でお弁当を食べて、練習してから帰ってきているイメージがあった。
 沙羅ちゃんが振った話題がよかったのか、滝くんはさっきよりも会話が長い。

「今日はいつも練習しているグラウンドを中学校に貸してるから、今日は学校のグラウンドだけで基礎練だけ」
「そっか。大変だねえ。もうすぐ大会もあるのに」
「うちの学校は応援に来るのか?」

 チアリーディング部や吹奏楽部、応援団が応援に向かうのは、学校から依頼があった強い部活にだから、学校の指示がないとわかんないんだ。
 沙羅ちゃんはそれに笑顔をつくって小首を傾げる。

「うーん、まだわかんないかな。サッカー部に応援に行きたいけどねえ」
「授業があるからな」

 そこは嘘でも冗談でもいいから、「応援してくれ」って言えばいいのに。部活やってたら公休扱いになるけれど、学校さぼって応援に行ったら当然公休にはならないんだ。
 わたしはふたりの会話にぐぬぬ、となりながら、ご飯を全部よそってしまっていたら、滝くんはちらっと隣を見る。わたしの席じゃない。滝くんの隣だ。
 今はわたしたちが食べている列は混雑してしまっていて、全部埋まってしまっている。それどころか食堂はほとんど食べる席がなくなってしまっている。でも、ちょうど滝くんの隣の席は空いていた。
 ひとつだけ空いてたら、ひとりだけで食べに行くのも気まずいせいか、ここの席が埋まらないのかな。いくら格好いい滝くんの隣とはいっても、今日みたいな食べる場所がないってときじゃなかったら、わたしだって座ることができないし、ファンの子たちに目を付けられたくないもんなあ。
 そう勝手に納得しながら、どうにか定食を食べ終えたら、滝くんはわたしたちよりもいち早く食べ終えて、お盆を手に取った。

「本当になにかあったら言えよ」
「えっ? うん……ありがとう……?」

 それだけ言うと、滝くんはそのままお盆を返しに行ってしまった。わたしはそれを呆気に取られた顔で見ていた。
 沙羅ちゃんは目を細めながら、滝くんを見送っている。
 ……まずい、わたしは別に滝くんに対して気が全くないのに、沙羅ちゃんが嫉妬するようなことはないのに。

「ええっと、沙羅ちゃん。滝くんはわたしが入院していたから心配していただけだと思うよ?」

 そもそも今まで接点がなかったのに、今日だけいろいろしゃべりかけられてしまって、困惑しているのはこっちなんだから。
 滝くんを気にしている沙羅ちゃんに誤解されたら困ると、どうにかフォローを入れようとすると、沙羅ちゃんは「うん、わかってる」と言いながら、笑ってコンソメスープを飲み干す。沙羅ちゃんも既に定食の器は空っぽだ。

「滝くん、優しいから。不器用だなあと思ったの……本当に、馬鹿なんだから」

 チクンとした棘が入るのに、わたしは恐々と「沙羅ちゃん?」と尋ねる。
 普段は穏やかな性格なのに、女の子特有の棘を見せてくるのは珍しい。普段から滝くんに対してポォーとした顔で見ている彼女が、滝くんの悪口を言うとは考えにくいけど、これって誰に対しての言葉なのか。
 わたしが声を上げたのに、沙羅ちゃんはぱっとこちらを振り返ってぶんぶんと手を振る。

「ち、ちがうのよ!? 本当に泉ちゃんにも滝くんにも怒ってないから!」
「本当?」
「本当だよ! そんなことじゃ怒らないから!」

 そう必死で訴えるんだから、多分そうなんだと思うけれど。
 わたしはわからんないままに、ふたりで並んでお盆を返しに行くことにした。

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 午後の授業が終わってから、わたしは図書館へと向かう。図書委員で週に二回、図書館の貸し出し返却当番を務めているんだ。
 うちの学校の図書館は、とにかく本が充実している。文豪って呼ばれる人の本だけじゃなく、最近の娯楽小説に随筆、中には学校の先生が借りに来るような専門書まであるんだから、最初は図書館の本を返す番号を覚えるのにも四苦八苦したもんだ。
 わたしが入院していたことを先輩越しに知っていた司書さんは気を遣わし気に「もう体大丈夫?」と聞いてくれたので、わたしは頷く。

「もう平気ですよ」
「具合が悪いようだったら、ちゃんと言ってね」

 そう言ってくれたのに会釈しながら、今日の仕事を見る。
 図書館の貸し出し申請返却申請以外にもやることは多い。返却された本を元の本棚に片付けたり、予約申請の入っている本を回収してきて予約棚に入れたりすることだって仕事だ。
 最近はマンガやゲームの効果か、やけに古い小説の予約申請が多いから、本の回転がやけに速い。わたしは予約の申請用紙を見ながら、「取ってきまーす」とカウンターに伝えて、本棚へと行った。
 図書館の閲覧席で読んでいる子もいれば、本屋と同じく立ち読みしている子もいる。一生懸命本を探している先生もいる。
 それらを横目に、わたしは目的の本棚に行って「うーん……」と唸る。
 目的の本は、はっきり言ってわたしの背だと届かない。台はないかなときょろきょろしていたら、既にそれを使って本を取ろうとしている人がいたから、諦めた。
 図書館でこういうのはちょっととは思うけれど。わたしはジャンプして取ろうとするけれど、指はどうにか背表紙を引っ掻くけれど、掴むことはできない。

「うう……」

 ちらっと台を使っていた人のほうを見る。
 台の順番待ちをしているけれど、台を使っていた人はそこで座って本を読みはじめてしまった……読書に集中してたら、次はいつ台から降りてくれるのかわかったもんじゃない。
 どうしよう。別の本を先にしようか。わたしがそう思っていたら。

「え? どの本が欲しいんだ?」

 そう背後から言われて、わたしは思わずビクッとして振り返った。当然ながら姿は見えなかった。
 わたしは隣で読書している人に気を遣いながら、声をすぼめる。

「レ、レンくん?」
「ええっと、森鴎外全集? うーんと。ああ、一番上のあれな」

 そう言ったと思ったら、「ほいっ」と声を上げた。気付いたらわたしの手元に目的の本の重みを感じ、思わず目を白黒とさせる。たしかに取ろうとしていた本だ。

「え……? え?」
「取ったけど、これじゃなかったか?」
「え? どうやって取ったの?」
「跳んで取ったけど?」

 見えないのに、幽霊なのに、いったいどうやって。どうして。疑問符が付きまとうけれど、お礼はちゃんと言わないと駄目だ。

「……ありがとう」
「いいっていいって」

 なんでこの人、ずっとわたしに付きまとっている割に、わたしにとって都合のいいことしかしないんだろう。
 そうぽつんと思ったけれど、ひとまず本を予約棚に立てることが先だと思って、考えるのを打ち止めた。