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インターハイ二日目。その日は負ければおしまい、勝手も二連戦と慌ただしい日だ。
わたしはそわそわとしながら、観戦席に座る。今回は試合前に蝉川くんに会うこともできず、ただ沙羅ちゃんと絵美ちゃんと一緒に試合開始前を待つことしかできない。
応援団の人たちに「今回の試合は重要だから、昨日以上に声を上げて!」「負けそうになっても絶対に溜息つかないで!」と諸注意をされながら、わたしは小さくなって座っている。
隣に座っている沙羅ちゃんが、心配そうに声をかけてくれる。
「泉ちゃん、大丈夫? まだ試合はじまってもいないんだけど」
「う、うん……勝つよね。勝つよね……?」
「んー、去年優勝校に勝ってるんだし、弾みは付いていると思うよ。ただ、インターハイにまで上がってきた学校で弱いところなんていないから。人事を尽くした以上は、あとは天命を待つしかないでしょ」
そこでドライな分析をする絵美ちゃんに、沙羅ちゃんは「絵美ちゃんっ……!」と悲鳴を上げるので、わたしは「ははは……」と乾いた声を上げる。
やがて、選手は入場してきた。ホイッスルが鳴り響いて、いよいよ試合がはじまる。
どうも先行を取れたのはうちの学校らしいんだけれど、どうも昨日よりも動きがぎこちないような気がするのに、わたしは「あれ?」と言いながらグラウンドを見下ろす。
「あちゃあ……うちの学校とは相性が悪いところみたいだね。相手校」
絵美ちゃんがそう呟くのに、わたしはポカンとした顔で彼女を見る。絵美ちゃんは今までの取材メモを見ながら言う。
「うちの学校は機動力……パス回しとかボール運びが速いって意味ね……が物を言うチーム編成なんだけれど、対戦校は守備力が固いんだよ。優勝校はどちらかというとパワータイプ、フォワードにボールを集めて、点をどんどん取るってスタイルだったから、相手校からボールを奪えたら反撃もできたんだけどね。昨日と同じ戦術は使えないって話……ええっと、意味わかる?」
絵美ちゃんが聞いてくれて、わたしは「なんとなく……」と頷いた。全部は意味がわからなかったけど、要はボールをゴールまで運ぶことができないってことなんだろう。
応援団が「声出してー!!」と号令をかけるので、わたしたちは必死で「頑張れー!!」と声を上げるものの、試合運びはなかなか上手くいかない。
とうとう前半はどちらも攻めきれずに、0対0のまま終わってしまった。
後半に入ってからも、一進一退の試合運びで、どちらもなかなかゴールまで相手を切り崩すことができずにやきもきする展開が続く。
やがて、うちの学校の監督が審判さんになにかしら言いに行ったと思ったら、選手交代のハンドサインが出た。
「え……?」
交代させられたのは、蝉川くんだったのだ。
わたしがおろおろしながら見下ろす。ここからだったら、彼がどんな顔でベンチに入っていくのかが見えない。交替で出て行った人は、たしか朝練で見たことがある人だったと思う。
わたしがショックを受けているせいか、沙羅ちゃんはわたしの肩に抱き着きながら言う。
「多分、今の状況変えるために交代したのであって、蝉川くんが悪い訳じゃないと思うよ?」
「うん……わかってる……うん」
「大丈夫だって、試合の流れが変わったら、戻ってくるでしょ」
絵美ちゃんにもそうフォローされたけれど、それでもわたしの意識はベンチのほうに向いてしまって、昨日ほど真面目に試合を見ていられなかった。
結局試合自体には勝てたけれど、ベンチに引っ込められた蝉川くんが戻ってくることはなかった。
皆観客席から移動しつつ、「次の試合は昼から……!」と応援団の説明を聞き、お弁当をもらったものの、わたしは落ち着かずにいる。
今、蝉川くんはどうしているんだろう。試合に引っ込められるところを見たけど……うーんと、うーんと。
ひとりでそわそわしていたら、「こら、泉」と絵美ちゃんから声をかけられる。
「お昼をちゃっちゃか済ませたら探しに行けばいいでしょ。でも試合が終わったあとの運動部って、本当に気が立ってるから。そこで行かないほうがいいよ」
「うん……でも」
「まあ、心配な気もわかるけどね。ここで下手に刺激しないほうがいいでしょ。無難なこと言っておきなよ」
「うん……」
絵美ちゃんはそう言ってくれるものの、わたしはどうすればいいのかわからない。
慰めるのも変だし、でも声をどうかければいいのか……。でも。ひとりでぐるぐる悩みながら、お弁当を食べる。
出来合いのお弁当はご飯が多い上に脂っこい。おまけに味付けも濃いから、半分食べたところでお腹いっぱいになってしまい、それ以上食べきれなかった。
もったいないなと思いながらも、夏場に長いこと放置する訳にもいかないしと、お弁当箱を持って蝉川くんを探しに出かけることにした。
サッカー部はどこで食事を摂っているんだろう。お弁当とか差し入れとか配られているのかな。そう思いながらグラウンドの周りを歩いていたら、うちの学校のロゴの入ったTシャツとジャージを穿いている子が目に入った。たしかサッカー部のマネージャーさんだ。
「あ、あの……すみません」
わたしが声をかけたら、彼女は驚いたように振り返った。どうもドリンクをつくって運んでいたらしく、手にはドリンクボトルが大量にあるので、慌てて半分持つ。
彼女は「ありがとうございます、うちの応援ですか?」と手伝わせてくれた。
「は、はい……蝉川くん、大丈夫ですか?」
「ああー。蝉川くんの」
そう言って彼女がわたしを見てにこにこと笑うので、わたしは肩をピンっと跳ねさせる。蝉川くんのって、なにがだろう。彼女は続ける。
「蝉川くんは元気だよ」
「あ、あの……今日の試合、蝉川くんは引っ込められたんですけど……」
「大丈夫。ベンチに下げられたから戦力外通知されたって、スポーツしてない人だったら誤解しがちなんだけれど、それはないから。単純に、今回は守備が固過ぎるチームだったから、突破力のある選手に出てもらっただけ。攻撃タイプのチームだったら、蝉川くんみたいな選手じゃなかったら小回りは効かないし、相手を翻弄させられるんだけどね。ああ……ごめんなさい。サッカーのこと、わかりますか?」
「え、ええっと……大丈夫、です。はい」
「でも次の試合では活躍してもらうから。力を中途半端にしか発揮できてないせいで、本人やる気を持て余してるから、話を聞いてあげてほしいなあ」
マネージャーさんにそう言われて、わたしは頷いていたところで、サッカー部のところに辿り着いた。
「はいお待たせー。ドリンクボトル追加したから取りに来てねー。熱中症になるから、ちゃんと取ってよ」
途端にお弁当を広げていたサッカー部員たちが「あざーっす」と言いながら次々とドリンクボトルを取りに来る。でも、見慣れた金髪の男子が見当たらない。
あれ、蝉川くんは? わたしがそう思ってきょろきょろしていたら、「間宮?」とぶっきらぼうな声を投げかけられる。
滝くんは怪訝な顔でこちらを見下ろすので、わたしは慌てて「は、はい……!」とドリンクボトルを渡すと、彼は「どうも」と言いながら受け取る。
「えっと……マネージャーさんが大変そうだったので、手伝ってました……あの、蝉川くんは?」
「ども。蓮太は今、力を持て余して走ってる。次の試合はあいつと相性いいチームだから、全部出ると思うけど。多分間宮の言うことだったら聞くと思うから、はしゃぎ過ぎだって言ってやってくれ」
「えっと、うん。ありがとう」
わたしは他の選手さんたちにもドリンクボトルを渡してから、マネージャーさんが乾いたタオルと残ったドリンクボトルを差し出してくれた。
「汗かき過ぎたら下手に体を冷やしても、コンディションによくないから、持って行ってあげて」
「あ、はい……ありがとうございます!」
私はお弁当と一緒に持って、蝉川くんの走っていると教えてくれたグラウンドの近くを探しはじめた。
蝉の鳴き声がけたたましい。直射日光で焼けているグラウンドの壁面にへばりついて大丈夫なのかなと思っていたら、リズミカルな足音が聞こえてきた。
見慣れた金髪が走ってきた。
「あっ、泉……!!」
こっちにピョーンピョーンと跳びながら寄ってきたので、わたしはびっくりして肩を跳ねさせる。汗の匂いが強く、慌ててタオルとドリンクボトルを一緒に押し付ける。
「あ、汗はかき過ぎてもよくないって、マネージャーさんから聞いたから……!」
「おう、サンキュな」
「う、うん……」
てっきりもっと落ち込んでいると思っていたのに、思っている以上に元気どころか、元気が有り余っている蝉川くんに、わたしはただ目を白黒としていた。
普段図書館で見ていた彼は、あくまで彼のいち側面だったんだなあと思わずにはいられなかった。
近くのベンチに座り、ドリンクボトルを傾けている蝉川くんを眺めていたら、蝉川くんは私が半分残したお弁当を目ざとく見つけた。
「あっ……! もったいない! これ泉のぶんか?」
「えっと……お腹いっぱいになっちゃってどうしようと思って持ち歩いてた」
「いらないならくれ。正直腹八分目にもなってないからさあ」
「えっと……食べ過ぎて怒られない? もっとカロリーのこと気にしろって」
「いや全然。むしろ燃費が悪過ぎるからもっと食えって言われてる。今日はまだもう一試合残してるのに、中途半端にしか全力出してないから、どうにも力が有り余ってる感じがしてさあ……だからちょっとそこを一周してきてたんだし」
「ちょっと……なんだ」
持久走で走るような距離が「ちょっと」なんて、本当にすごいなあとしみじみと思っていたら、蝉川くんはさっさとわたしからお弁当を取り上げて、それをもりもりと食べはじめた。
わたしはそれを見ながら「あの……」と聞くと、蝉川くんはちらっとこちらを見てきた。
「あの、わたし、名前で呼んだほうがいいのかな。ほら、試合で勝ったし……で、でも。余計なことだったらどうしようと思って」
「んー、相変わらず泉は余計なことで悩むなあ」
そうばっさりと切られて、わたしはがっくりと肩を落としてしまう。だって、わたしの前で試合に勝つって言っていた手前だから、もっと落ち込んだりしているんじゃないかって思ったんだけど、蝉川くんちっとも落ち込んでないどころか、監督さんの判断にあっさりと頷いているんだもの。
わたしがごにょごにょと思っている間に、蝉川くんはざっくりと自分の意見を並べる。
「あれはうちの監督の戦術だろ。単純に俺が全力出しきってないから、欲求不満なままってだけで」
ベンチから勢いを付けて立ち上げると、こちらににかっと笑って振り返る。
「次の試合では活躍するから、その試合に勝ってからでいいだろ?」
「えっと……うん……」
「そもそも泉は余計なこと気にし過ぎだから、もうちょっと俺を信じてくれよ」
「し、信じてない訳じゃ、ないんだよ……た、ただ……わたしの自信のなさを、あなたのせいには、したくないだけで」
名前を呼びたい。恥ずかしい。でも呼んでと言われているし、わたしもちゃんと呼んでみたい。
本当に肝の小さなわたしには、好きな人の名前を呼ぶことだって、一大事業なんだ。わたしはしゅんとしていたら、蝉川くんは肩をぽんと叩いた。
「俺に勝てって必勝祈願くれたじゃん? それでうちの学校もずっと勝ち続けてるじゃん? もうちょっと俺のことも、お前のことも信じてみろって」
そう言っていると、「蝉川くーん!?」とマネージャーさんの声。ま、まずい。もうそろそろ合同のウォーミングアップの時間なのかも。
わたしは立ち上がって、「ご、ごめんなさい! 休憩時間奪っちゃって!」とひたすら謝ると、蝉川くんはからからと笑う。
「彼女が必死で応援に来てくれたのは、嬉しいに決まってんだろ? じゃあ待ってろって。絶対に勝ってくるから!」
そう言って、タオルを首にかけて、ドリンクボトルを持って走り出していく。
その場には、強い汗の匂いだけが残された。わたしはその中で、ただ頬を抑え込んでいた。やけに頭が火照っているような気がするのは、夏の直射日光だけではないような気がする。
まだ、わたしの記憶がなくなる前のように、見えないからって距離感を詰めて付き合うことなんてできないし、あんなに気安く名前なんて呼べないのに。それでも蝉川くんはわたしには怖いって思うハードルも簡単に飛び越えてしまう。
サッカーのことは相変わらず全部わかっている訳ではないけれど、それでも自信満々で、辺りに元気を振り撒いている。
本当に……本当にすごいなあ。
インターハイ二日目。その日は負ければおしまい、勝手も二連戦と慌ただしい日だ。
わたしはそわそわとしながら、観戦席に座る。今回は試合前に蝉川くんに会うこともできず、ただ沙羅ちゃんと絵美ちゃんと一緒に試合開始前を待つことしかできない。
応援団の人たちに「今回の試合は重要だから、昨日以上に声を上げて!」「負けそうになっても絶対に溜息つかないで!」と諸注意をされながら、わたしは小さくなって座っている。
隣に座っている沙羅ちゃんが、心配そうに声をかけてくれる。
「泉ちゃん、大丈夫? まだ試合はじまってもいないんだけど」
「う、うん……勝つよね。勝つよね……?」
「んー、去年優勝校に勝ってるんだし、弾みは付いていると思うよ。ただ、インターハイにまで上がってきた学校で弱いところなんていないから。人事を尽くした以上は、あとは天命を待つしかないでしょ」
そこでドライな分析をする絵美ちゃんに、沙羅ちゃんは「絵美ちゃんっ……!」と悲鳴を上げるので、わたしは「ははは……」と乾いた声を上げる。
やがて、選手は入場してきた。ホイッスルが鳴り響いて、いよいよ試合がはじまる。
どうも先行を取れたのはうちの学校らしいんだけれど、どうも昨日よりも動きがぎこちないような気がするのに、わたしは「あれ?」と言いながらグラウンドを見下ろす。
「あちゃあ……うちの学校とは相性が悪いところみたいだね。相手校」
絵美ちゃんがそう呟くのに、わたしはポカンとした顔で彼女を見る。絵美ちゃんは今までの取材メモを見ながら言う。
「うちの学校は機動力……パス回しとかボール運びが速いって意味ね……が物を言うチーム編成なんだけれど、対戦校は守備力が固いんだよ。優勝校はどちらかというとパワータイプ、フォワードにボールを集めて、点をどんどん取るってスタイルだったから、相手校からボールを奪えたら反撃もできたんだけどね。昨日と同じ戦術は使えないって話……ええっと、意味わかる?」
絵美ちゃんが聞いてくれて、わたしは「なんとなく……」と頷いた。全部は意味がわからなかったけど、要はボールをゴールまで運ぶことができないってことなんだろう。
応援団が「声出してー!!」と号令をかけるので、わたしたちは必死で「頑張れー!!」と声を上げるものの、試合運びはなかなか上手くいかない。
とうとう前半はどちらも攻めきれずに、0対0のまま終わってしまった。
後半に入ってからも、一進一退の試合運びで、どちらもなかなかゴールまで相手を切り崩すことができずにやきもきする展開が続く。
やがて、うちの学校の監督が審判さんになにかしら言いに行ったと思ったら、選手交代のハンドサインが出た。
「え……?」
交代させられたのは、蝉川くんだったのだ。
わたしがおろおろしながら見下ろす。ここからだったら、彼がどんな顔でベンチに入っていくのかが見えない。交替で出て行った人は、たしか朝練で見たことがある人だったと思う。
わたしがショックを受けているせいか、沙羅ちゃんはわたしの肩に抱き着きながら言う。
「多分、今の状況変えるために交代したのであって、蝉川くんが悪い訳じゃないと思うよ?」
「うん……わかってる……うん」
「大丈夫だって、試合の流れが変わったら、戻ってくるでしょ」
絵美ちゃんにもそうフォローされたけれど、それでもわたしの意識はベンチのほうに向いてしまって、昨日ほど真面目に試合を見ていられなかった。
結局試合自体には勝てたけれど、ベンチに引っ込められた蝉川くんが戻ってくることはなかった。
皆観客席から移動しつつ、「次の試合は昼から……!」と応援団の説明を聞き、お弁当をもらったものの、わたしは落ち着かずにいる。
今、蝉川くんはどうしているんだろう。試合に引っ込められるところを見たけど……うーんと、うーんと。
ひとりでそわそわしていたら、「こら、泉」と絵美ちゃんから声をかけられる。
「お昼をちゃっちゃか済ませたら探しに行けばいいでしょ。でも試合が終わったあとの運動部って、本当に気が立ってるから。そこで行かないほうがいいよ」
「うん……でも」
「まあ、心配な気もわかるけどね。ここで下手に刺激しないほうがいいでしょ。無難なこと言っておきなよ」
「うん……」
絵美ちゃんはそう言ってくれるものの、わたしはどうすればいいのかわからない。
慰めるのも変だし、でも声をどうかければいいのか……。でも。ひとりでぐるぐる悩みながら、お弁当を食べる。
出来合いのお弁当はご飯が多い上に脂っこい。おまけに味付けも濃いから、半分食べたところでお腹いっぱいになってしまい、それ以上食べきれなかった。
もったいないなと思いながらも、夏場に長いこと放置する訳にもいかないしと、お弁当箱を持って蝉川くんを探しに出かけることにした。
サッカー部はどこで食事を摂っているんだろう。お弁当とか差し入れとか配られているのかな。そう思いながらグラウンドの周りを歩いていたら、うちの学校のロゴの入ったTシャツとジャージを穿いている子が目に入った。たしかサッカー部のマネージャーさんだ。
「あ、あの……すみません」
わたしが声をかけたら、彼女は驚いたように振り返った。どうもドリンクをつくって運んでいたらしく、手にはドリンクボトルが大量にあるので、慌てて半分持つ。
彼女は「ありがとうございます、うちの応援ですか?」と手伝わせてくれた。
「は、はい……蝉川くん、大丈夫ですか?」
「ああー。蝉川くんの」
そう言って彼女がわたしを見てにこにこと笑うので、わたしは肩をピンっと跳ねさせる。蝉川くんのって、なにがだろう。彼女は続ける。
「蝉川くんは元気だよ」
「あ、あの……今日の試合、蝉川くんは引っ込められたんですけど……」
「大丈夫。ベンチに下げられたから戦力外通知されたって、スポーツしてない人だったら誤解しがちなんだけれど、それはないから。単純に、今回は守備が固過ぎるチームだったから、突破力のある選手に出てもらっただけ。攻撃タイプのチームだったら、蝉川くんみたいな選手じゃなかったら小回りは効かないし、相手を翻弄させられるんだけどね。ああ……ごめんなさい。サッカーのこと、わかりますか?」
「え、ええっと……大丈夫、です。はい」
「でも次の試合では活躍してもらうから。力を中途半端にしか発揮できてないせいで、本人やる気を持て余してるから、話を聞いてあげてほしいなあ」
マネージャーさんにそう言われて、わたしは頷いていたところで、サッカー部のところに辿り着いた。
「はいお待たせー。ドリンクボトル追加したから取りに来てねー。熱中症になるから、ちゃんと取ってよ」
途端にお弁当を広げていたサッカー部員たちが「あざーっす」と言いながら次々とドリンクボトルを取りに来る。でも、見慣れた金髪の男子が見当たらない。
あれ、蝉川くんは? わたしがそう思ってきょろきょろしていたら、「間宮?」とぶっきらぼうな声を投げかけられる。
滝くんは怪訝な顔でこちらを見下ろすので、わたしは慌てて「は、はい……!」とドリンクボトルを渡すと、彼は「どうも」と言いながら受け取る。
「えっと……マネージャーさんが大変そうだったので、手伝ってました……あの、蝉川くんは?」
「ども。蓮太は今、力を持て余して走ってる。次の試合はあいつと相性いいチームだから、全部出ると思うけど。多分間宮の言うことだったら聞くと思うから、はしゃぎ過ぎだって言ってやってくれ」
「えっと、うん。ありがとう」
わたしは他の選手さんたちにもドリンクボトルを渡してから、マネージャーさんが乾いたタオルと残ったドリンクボトルを差し出してくれた。
「汗かき過ぎたら下手に体を冷やしても、コンディションによくないから、持って行ってあげて」
「あ、はい……ありがとうございます!」
私はお弁当と一緒に持って、蝉川くんの走っていると教えてくれたグラウンドの近くを探しはじめた。
蝉の鳴き声がけたたましい。直射日光で焼けているグラウンドの壁面にへばりついて大丈夫なのかなと思っていたら、リズミカルな足音が聞こえてきた。
見慣れた金髪が走ってきた。
「あっ、泉……!!」
こっちにピョーンピョーンと跳びながら寄ってきたので、わたしはびっくりして肩を跳ねさせる。汗の匂いが強く、慌ててタオルとドリンクボトルを一緒に押し付ける。
「あ、汗はかき過ぎてもよくないって、マネージャーさんから聞いたから……!」
「おう、サンキュな」
「う、うん……」
てっきりもっと落ち込んでいると思っていたのに、思っている以上に元気どころか、元気が有り余っている蝉川くんに、わたしはただ目を白黒としていた。
普段図書館で見ていた彼は、あくまで彼のいち側面だったんだなあと思わずにはいられなかった。
近くのベンチに座り、ドリンクボトルを傾けている蝉川くんを眺めていたら、蝉川くんは私が半分残したお弁当を目ざとく見つけた。
「あっ……! もったいない! これ泉のぶんか?」
「えっと……お腹いっぱいになっちゃってどうしようと思って持ち歩いてた」
「いらないならくれ。正直腹八分目にもなってないからさあ」
「えっと……食べ過ぎて怒られない? もっとカロリーのこと気にしろって」
「いや全然。むしろ燃費が悪過ぎるからもっと食えって言われてる。今日はまだもう一試合残してるのに、中途半端にしか全力出してないから、どうにも力が有り余ってる感じがしてさあ……だからちょっとそこを一周してきてたんだし」
「ちょっと……なんだ」
持久走で走るような距離が「ちょっと」なんて、本当にすごいなあとしみじみと思っていたら、蝉川くんはさっさとわたしからお弁当を取り上げて、それをもりもりと食べはじめた。
わたしはそれを見ながら「あの……」と聞くと、蝉川くんはちらっとこちらを見てきた。
「あの、わたし、名前で呼んだほうがいいのかな。ほら、試合で勝ったし……で、でも。余計なことだったらどうしようと思って」
「んー、相変わらず泉は余計なことで悩むなあ」
そうばっさりと切られて、わたしはがっくりと肩を落としてしまう。だって、わたしの前で試合に勝つって言っていた手前だから、もっと落ち込んだりしているんじゃないかって思ったんだけど、蝉川くんちっとも落ち込んでないどころか、監督さんの判断にあっさりと頷いているんだもの。
わたしがごにょごにょと思っている間に、蝉川くんはざっくりと自分の意見を並べる。
「あれはうちの監督の戦術だろ。単純に俺が全力出しきってないから、欲求不満なままってだけで」
ベンチから勢いを付けて立ち上げると、こちらににかっと笑って振り返る。
「次の試合では活躍するから、その試合に勝ってからでいいだろ?」
「えっと……うん……」
「そもそも泉は余計なこと気にし過ぎだから、もうちょっと俺を信じてくれよ」
「し、信じてない訳じゃ、ないんだよ……た、ただ……わたしの自信のなさを、あなたのせいには、したくないだけで」
名前を呼びたい。恥ずかしい。でも呼んでと言われているし、わたしもちゃんと呼んでみたい。
本当に肝の小さなわたしには、好きな人の名前を呼ぶことだって、一大事業なんだ。わたしはしゅんとしていたら、蝉川くんは肩をぽんと叩いた。
「俺に勝てって必勝祈願くれたじゃん? それでうちの学校もずっと勝ち続けてるじゃん? もうちょっと俺のことも、お前のことも信じてみろって」
そう言っていると、「蝉川くーん!?」とマネージャーさんの声。ま、まずい。もうそろそろ合同のウォーミングアップの時間なのかも。
わたしは立ち上がって、「ご、ごめんなさい! 休憩時間奪っちゃって!」とひたすら謝ると、蝉川くんはからからと笑う。
「彼女が必死で応援に来てくれたのは、嬉しいに決まってんだろ? じゃあ待ってろって。絶対に勝ってくるから!」
そう言って、タオルを首にかけて、ドリンクボトルを持って走り出していく。
その場には、強い汗の匂いだけが残された。わたしはその中で、ただ頬を抑え込んでいた。やけに頭が火照っているような気がするのは、夏の直射日光だけではないような気がする。
まだ、わたしの記憶がなくなる前のように、見えないからって距離感を詰めて付き合うことなんてできないし、あんなに気安く名前なんて呼べないのに。それでも蝉川くんはわたしには怖いって思うハードルも簡単に飛び越えてしまう。
サッカーのことは相変わらず全部わかっている訳ではないけれど、それでも自信満々で、辺りに元気を振り撒いている。
本当に……本当にすごいなあ。