****
今日は天気が悪く、来週からテストだっていうのに、台風が近付いてきているってニュースも流れてきていた。
わたしはじっとりと纏わりつく湿気にうんざりしながら、群青色の空の下を歩いていた。
今日は図書館で勉強する気にもなれず、そのせいかレンくんの声を聞くことはできなかった。
皆がなにかを隠しているような気がする。そうは思っても、わたしの事情を明かすこともできないし、どうしたものか。
そうひとりでもやもやを抱えていると、「あれえ、図書委員の子、だよね?」と間延びした声をかけられ、わたしは怪訝な顔で声のほうに振り返った。
身長はモデルさんみたいで、沙羅ちゃんよりも10cmは高い。同じ制服を着ているけれど、はっきりいってあちらのほうがスタイルがいいということは嫌でもわかる。
髪はすすけた茶色に染まっているし、前髪で見え隠れする耳にはピアス穴が開いているのが見える。派手な外見の子とは、はっきりいってあまり縁がないため、こうやって声をかけられてもどう返事をすればいいのかわからず、わたしは挙動不審になって視線をうろちょろとさまよわせる。
「ああ、ごめんごめん。別に脅したいとかたかりたいとかじゃないからさあ。あんまり怖がんないでよ」
「ええっと……はい」
「あー、タメなんだから敬語なんて使わなくっていいよ。あたし、塩田桃子《しおたももこ》。B組。おたくはA組の図書委員でしょ?」
「え? あ、はい……A組の間宮泉……です」
「だからあ、敬語なんていいって」
格好は派手だし、口調は結構癖があるけれど、そこまで悪い人じゃないらしいと、どこかほっとする。
でも、図書委員って知ってるのはなんでだろう。もし図書館を使ってるなら、わたしも週に二回は当番でカウンターにいるんだから、わかると思うんだけれど。貸出申請だってしてるから、名前を見たことだってあると思うけれど、塩田さんって苗字の同学年の女の子から貸出申請を受けた覚えはない。
わたしが思わず怪訝な顔をしてしまったのがわかったのか、塩田さんは「あはは」と笑う。
「警戒なんてしなくっていいってば。ねえ」
そう言って塩田さんは眉を下げる。そして彼女は「ええっと……」「うーんと……」とどもり出す。そしてええいままよとでも思ったのか、いきなり90度に背中を折り曲げて、こちらに頭を下げてきたのだ。
わたしはさすがにぎょっとして目を見開く。
「ごめん! いきなり謝られたら迷惑かもしれないけど! でも絶対に夏休み入る前には謝らないとって思ってたから!」
「ええ……?」
ますますもってわからない。
初対面のはずの塩田さんに、いきなり謝られてしまう理由が。派手な見た目に反して、意外と律儀な塩田さんの態度に、わたしは目を白黒とさせて、おろおろとする。
「あ、あの……顔を上げて! 本当に、わからないから……!」
あわあわと塩田さんに手を振る。いきなり謝られても困ってしまうし、こんな綺麗な人に謝られるようなことをされた覚えもない。
ただ、直感はしていた。
彼女は、明らかにわたしが失っている記憶に関わっている。
「あ、あの……塩田……さん?」
「ん?」
「えっとね、顔を上げて。それと、ちょっとだけ話、いいかな。ここだったら目立つかもしれないから、もうちょっと座れそうな場所で」
「うん……」
ようやく顔を上げてくれた塩田さんと、わたしはテクテクと歩いていく。
公園で座っているのも、今日みたいな中途半端な暑い日だと参ってしまうし、繁華街はちょっと遠いからハンバーガー屋でしゃべるっていうのもなしだ。
結局着いた先はコンビニで、コンビニのカフェメニューを適当にコーヒーを頼んでから、イートインコーナーに入ることとなった。
そこの先に入っていた男子中学生がちらちらとこちらを見てくるのが痛い。片やばっちり化粧をしていて綺麗な女子と、片や地味で日焼け止め以外なにもしていない平凡顔の女子だったら、顔面偏差値が違い過ぎる。
わたしはコーヒーにミルクを入れて混ぜながら、口を開いた。
「あの……塩田さん。変なこと聞くけれど、いいかな?」
「あたしでいいんだったら」
塩田さんは注文したココアをすすりながら、カウンターに頬杖をついた。それにギクシャクしつつ、近くでスマホゲームに夢中になっている中学生を尻目に、わたしは口を開いた。
「わたしが、五月の終わりくらいに事故に遭ったんだけれど」
「うん……」
それに塩田さんが顔を曇らせるのを見て、確信した。
やっぱり彼女は、あの事故のことを知ってる。というより、多分近くにいたんだ。
覚えていなくっても、本当に全然問題はないんだ。ただ不可思議なことが色々あって、それが何でとかどうしてって思うだけで、わたし自身なんにも問題がない。
でも……何故か変に気を遣われているような気がするから、それを煩わしく思うことがある。事故に遭ったのに、誰もかれもがそのことについては口を閉ざしているんだから。
お母さんは、事故の前後のことは知らないんだと思う。でも、なにかを知っているみたいな沙羅ちゃん。なにかを黙っている絵美ちゃん。そして……。
見えないはずのレンくん。何故か機械にだけは映っている、触れないし見えないし、黙られてしまったらどこにいるのかもわからない男の子。
これは全部、わたしが遭った事故に繋がっているような気がしたんだ。
……ただ謝りに来てくれた塩田さんに、それを蒸し返してしまうのは酷なことかもしれないけれど。それでもわたしは知りたかった。
わたしが忘れてしまったことって、いったいなんだったのかを。
「わたし、あのときの前後のこと、全く覚えていないの」
「……ええ?」
それにさすがに、塩田さんは目を見開いて、口を付けていたストローをぽろっと唇から外した。
わたしはコーヒーボトルで両手をくっ付けながら、頷く。
「事故自体は、そこまでひどかったんじゃないと思う。わたしも丸一日寝てただけだし、病院には定期的に通っているけど、後遺症もないみたいだから。でもひと月経った今でも、あのときになにがあったのか思い出せないんだ。なにがあったのか。塩田さん、もし知っているんだったら教えて。わたし、あのときになにがあったの?」
隠さないで欲しい。ちゃんと教えて欲しい。塩田さんはわたしのことを知っていても、わたしにとっては初対面。我ながら初対面の人に残酷なことを言っていると思うけれど。
謝りに来たはずの塩田さんに、なんてこと言っているんだと思うけれど。
皆が隠していることがなんなのか、わたしは教えて欲しかった。
塩田さんはしばらく無表情でこちらを見ていた。
ときどきスマホゲームの電子音混じりなBGMが流れ、中学生がオーバーリアクションしているのが目に入る。
やがて、塩田さんはひとつ「ふう」と息を吐き出した。
「そうだよね。当事者がなんにも知らないんじゃ、あたしが謝っても、仕方ないもんね」
そう言って塩田さんが口を開いた。
ようやく、あのときになにがあったのかわかると思ったとき。塩田さんが目を丸くした。
え? わたしが思っている間に、ガッタンとわたしは立ち上がっていた。誰かに引っ張られている。そう気付いたときにはもう遅く、わたしは鞄ごとズルズルと引きずられていた。
「ちょっと……なに!?」
「間宮、やめとけ」
「レ、レンくん!?」
こちらのほうを、塩田さんだけでなく中学生たちまでびっくりして見ている。
今まで。レンくんがこんな態度を取ることなんてなかった。今までは、わたしが気付かなかったらそのままだったし、気付いたときにはいろいろしゃべってくれていた。でも。
人前でこんなに大事を起こしたことなんてなかった。
見えないのに。声が聞こえないといるのかどうかもわからないのに。なんでこんなことをするのかわからなかった。
わたしが力を抜いた途端に、そのままレンくんに鞄ごと引きずられていく。
そして、レンくんの信じられない言葉を耳にした。
「……悪い、塩田。ちょっとこいつ借りる」
塩田さんに対して、そう言ったのだ。
彼女は力なく顔を緩めると、こちらに対して緩く手を振った。
え、ちょっと待って。これってなに? なんなの?
わたしはツッコミを入れる暇もなく、店員さんの「ありがとうございますー」の声を背に、コンビニから出てしまった。
****
レンくんの触れない手がようやくわたしを離してくれたのは、前に散歩の待ち合わせをしていた矢下公園だった。
テスト期間中だから、当然ながら運動部はどこもここのグランドを借りてスポーツなんてしていない。遊具のほうに母子連れの集団が集まって一緒に遊んでいるのが目に入る程度だ。
わたしはようやく自由になったのに、どこにいるのかもわからないレンくんに向かってがなってしまう。
「なにするの!? せっかく……聞けるところだったのに!!」
対してレンくんの声は、いつもよりも硬く険しい。
「……間宮、あの事故のこと聞く気だったのか?」
「そうだよ! なんか皆が隠してるってわかるもの……気を遣ってくれるのは嬉しいけれど……臭いものに蓋をされているというか、腫れ物に触れられるというか……そういう扱いされると、こっちだって気になるもの」
わたしが吐き出した言葉を、いったいレンくんはどんな表情で、どんな態度で聞いていたのかはわからない。
ただ、黙られてしまったら、どこにいるのかがわたしにはわからなかった。
お願いだから、ちゃんと教えて。
どこにいるのか、教えて。
あなたは、ちゃんといるんだよね?
自分でも訳がわからなくなって、最後にはとうとう目尻に涙が溜まりはじめていた。
「おい、間宮。泣くところあったか?」
しばらくの沈黙のあと、ようやく、レンくんの言葉が耳に入ったことにほっとする。
胸はグジグジと痛んでいるのに、現金なものだ。
「わかんない……。どうして涙が出るのか……なんでこんなに訳がわかんないのか、もう全然わかんない……」
「泣くなよ」
「だってわたしは、あなたが黙っちゃったらどこにいるのか全然わからないんだもの。ねえ、レンくんはいるんだよね? 本当に、いるんだよね?」
レンくんのその言葉を聞いてほっとしているわたしは、きっとずるい。
彼の優しさに付け込んでいるんだから、本当にどうしようもない話だ。
でも。わたしは彼に黙られてしまったら、もうどこに彼がいるのかわからないんだ。だからわたしを慰める言葉でもいい、罵倒でもいい、ちゃんと「いる」って安心させてほしかった。
「どうして、誰も教えてくれないの? レンくんは、知ってるの?」
その言葉に、レンくんは答えてくれなかった。替わりに「ごめんな」のひと言が耳に入ってきた。
違うのに。わたしが聞きたいことは、それじゃないのに。
どうしてここまで胸が痛いのか、わたしは本当にわからなかった。
今日は天気が悪く、来週からテストだっていうのに、台風が近付いてきているってニュースも流れてきていた。
わたしはじっとりと纏わりつく湿気にうんざりしながら、群青色の空の下を歩いていた。
今日は図書館で勉強する気にもなれず、そのせいかレンくんの声を聞くことはできなかった。
皆がなにかを隠しているような気がする。そうは思っても、わたしの事情を明かすこともできないし、どうしたものか。
そうひとりでもやもやを抱えていると、「あれえ、図書委員の子、だよね?」と間延びした声をかけられ、わたしは怪訝な顔で声のほうに振り返った。
身長はモデルさんみたいで、沙羅ちゃんよりも10cmは高い。同じ制服を着ているけれど、はっきりいってあちらのほうがスタイルがいいということは嫌でもわかる。
髪はすすけた茶色に染まっているし、前髪で見え隠れする耳にはピアス穴が開いているのが見える。派手な外見の子とは、はっきりいってあまり縁がないため、こうやって声をかけられてもどう返事をすればいいのかわからず、わたしは挙動不審になって視線をうろちょろとさまよわせる。
「ああ、ごめんごめん。別に脅したいとかたかりたいとかじゃないからさあ。あんまり怖がんないでよ」
「ええっと……はい」
「あー、タメなんだから敬語なんて使わなくっていいよ。あたし、塩田桃子《しおたももこ》。B組。おたくはA組の図書委員でしょ?」
「え? あ、はい……A組の間宮泉……です」
「だからあ、敬語なんていいって」
格好は派手だし、口調は結構癖があるけれど、そこまで悪い人じゃないらしいと、どこかほっとする。
でも、図書委員って知ってるのはなんでだろう。もし図書館を使ってるなら、わたしも週に二回は当番でカウンターにいるんだから、わかると思うんだけれど。貸出申請だってしてるから、名前を見たことだってあると思うけれど、塩田さんって苗字の同学年の女の子から貸出申請を受けた覚えはない。
わたしが思わず怪訝な顔をしてしまったのがわかったのか、塩田さんは「あはは」と笑う。
「警戒なんてしなくっていいってば。ねえ」
そう言って塩田さんは眉を下げる。そして彼女は「ええっと……」「うーんと……」とどもり出す。そしてええいままよとでも思ったのか、いきなり90度に背中を折り曲げて、こちらに頭を下げてきたのだ。
わたしはさすがにぎょっとして目を見開く。
「ごめん! いきなり謝られたら迷惑かもしれないけど! でも絶対に夏休み入る前には謝らないとって思ってたから!」
「ええ……?」
ますますもってわからない。
初対面のはずの塩田さんに、いきなり謝られてしまう理由が。派手な見た目に反して、意外と律儀な塩田さんの態度に、わたしは目を白黒とさせて、おろおろとする。
「あ、あの……顔を上げて! 本当に、わからないから……!」
あわあわと塩田さんに手を振る。いきなり謝られても困ってしまうし、こんな綺麗な人に謝られるようなことをされた覚えもない。
ただ、直感はしていた。
彼女は、明らかにわたしが失っている記憶に関わっている。
「あ、あの……塩田……さん?」
「ん?」
「えっとね、顔を上げて。それと、ちょっとだけ話、いいかな。ここだったら目立つかもしれないから、もうちょっと座れそうな場所で」
「うん……」
ようやく顔を上げてくれた塩田さんと、わたしはテクテクと歩いていく。
公園で座っているのも、今日みたいな中途半端な暑い日だと参ってしまうし、繁華街はちょっと遠いからハンバーガー屋でしゃべるっていうのもなしだ。
結局着いた先はコンビニで、コンビニのカフェメニューを適当にコーヒーを頼んでから、イートインコーナーに入ることとなった。
そこの先に入っていた男子中学生がちらちらとこちらを見てくるのが痛い。片やばっちり化粧をしていて綺麗な女子と、片や地味で日焼け止め以外なにもしていない平凡顔の女子だったら、顔面偏差値が違い過ぎる。
わたしはコーヒーにミルクを入れて混ぜながら、口を開いた。
「あの……塩田さん。変なこと聞くけれど、いいかな?」
「あたしでいいんだったら」
塩田さんは注文したココアをすすりながら、カウンターに頬杖をついた。それにギクシャクしつつ、近くでスマホゲームに夢中になっている中学生を尻目に、わたしは口を開いた。
「わたしが、五月の終わりくらいに事故に遭ったんだけれど」
「うん……」
それに塩田さんが顔を曇らせるのを見て、確信した。
やっぱり彼女は、あの事故のことを知ってる。というより、多分近くにいたんだ。
覚えていなくっても、本当に全然問題はないんだ。ただ不可思議なことが色々あって、それが何でとかどうしてって思うだけで、わたし自身なんにも問題がない。
でも……何故か変に気を遣われているような気がするから、それを煩わしく思うことがある。事故に遭ったのに、誰もかれもがそのことについては口を閉ざしているんだから。
お母さんは、事故の前後のことは知らないんだと思う。でも、なにかを知っているみたいな沙羅ちゃん。なにかを黙っている絵美ちゃん。そして……。
見えないはずのレンくん。何故か機械にだけは映っている、触れないし見えないし、黙られてしまったらどこにいるのかもわからない男の子。
これは全部、わたしが遭った事故に繋がっているような気がしたんだ。
……ただ謝りに来てくれた塩田さんに、それを蒸し返してしまうのは酷なことかもしれないけれど。それでもわたしは知りたかった。
わたしが忘れてしまったことって、いったいなんだったのかを。
「わたし、あのときの前後のこと、全く覚えていないの」
「……ええ?」
それにさすがに、塩田さんは目を見開いて、口を付けていたストローをぽろっと唇から外した。
わたしはコーヒーボトルで両手をくっ付けながら、頷く。
「事故自体は、そこまでひどかったんじゃないと思う。わたしも丸一日寝てただけだし、病院には定期的に通っているけど、後遺症もないみたいだから。でもひと月経った今でも、あのときになにがあったのか思い出せないんだ。なにがあったのか。塩田さん、もし知っているんだったら教えて。わたし、あのときになにがあったの?」
隠さないで欲しい。ちゃんと教えて欲しい。塩田さんはわたしのことを知っていても、わたしにとっては初対面。我ながら初対面の人に残酷なことを言っていると思うけれど。
謝りに来たはずの塩田さんに、なんてこと言っているんだと思うけれど。
皆が隠していることがなんなのか、わたしは教えて欲しかった。
塩田さんはしばらく無表情でこちらを見ていた。
ときどきスマホゲームの電子音混じりなBGMが流れ、中学生がオーバーリアクションしているのが目に入る。
やがて、塩田さんはひとつ「ふう」と息を吐き出した。
「そうだよね。当事者がなんにも知らないんじゃ、あたしが謝っても、仕方ないもんね」
そう言って塩田さんが口を開いた。
ようやく、あのときになにがあったのかわかると思ったとき。塩田さんが目を丸くした。
え? わたしが思っている間に、ガッタンとわたしは立ち上がっていた。誰かに引っ張られている。そう気付いたときにはもう遅く、わたしは鞄ごとズルズルと引きずられていた。
「ちょっと……なに!?」
「間宮、やめとけ」
「レ、レンくん!?」
こちらのほうを、塩田さんだけでなく中学生たちまでびっくりして見ている。
今まで。レンくんがこんな態度を取ることなんてなかった。今までは、わたしが気付かなかったらそのままだったし、気付いたときにはいろいろしゃべってくれていた。でも。
人前でこんなに大事を起こしたことなんてなかった。
見えないのに。声が聞こえないといるのかどうかもわからないのに。なんでこんなことをするのかわからなかった。
わたしが力を抜いた途端に、そのままレンくんに鞄ごと引きずられていく。
そして、レンくんの信じられない言葉を耳にした。
「……悪い、塩田。ちょっとこいつ借りる」
塩田さんに対して、そう言ったのだ。
彼女は力なく顔を緩めると、こちらに対して緩く手を振った。
え、ちょっと待って。これってなに? なんなの?
わたしはツッコミを入れる暇もなく、店員さんの「ありがとうございますー」の声を背に、コンビニから出てしまった。
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レンくんの触れない手がようやくわたしを離してくれたのは、前に散歩の待ち合わせをしていた矢下公園だった。
テスト期間中だから、当然ながら運動部はどこもここのグランドを借りてスポーツなんてしていない。遊具のほうに母子連れの集団が集まって一緒に遊んでいるのが目に入る程度だ。
わたしはようやく自由になったのに、どこにいるのかもわからないレンくんに向かってがなってしまう。
「なにするの!? せっかく……聞けるところだったのに!!」
対してレンくんの声は、いつもよりも硬く険しい。
「……間宮、あの事故のこと聞く気だったのか?」
「そうだよ! なんか皆が隠してるってわかるもの……気を遣ってくれるのは嬉しいけれど……臭いものに蓋をされているというか、腫れ物に触れられるというか……そういう扱いされると、こっちだって気になるもの」
わたしが吐き出した言葉を、いったいレンくんはどんな表情で、どんな態度で聞いていたのかはわからない。
ただ、黙られてしまったら、どこにいるのかがわたしにはわからなかった。
お願いだから、ちゃんと教えて。
どこにいるのか、教えて。
あなたは、ちゃんといるんだよね?
自分でも訳がわからなくなって、最後にはとうとう目尻に涙が溜まりはじめていた。
「おい、間宮。泣くところあったか?」
しばらくの沈黙のあと、ようやく、レンくんの言葉が耳に入ったことにほっとする。
胸はグジグジと痛んでいるのに、現金なものだ。
「わかんない……。どうして涙が出るのか……なんでこんなに訳がわかんないのか、もう全然わかんない……」
「泣くなよ」
「だってわたしは、あなたが黙っちゃったらどこにいるのか全然わからないんだもの。ねえ、レンくんはいるんだよね? 本当に、いるんだよね?」
レンくんのその言葉を聞いてほっとしているわたしは、きっとずるい。
彼の優しさに付け込んでいるんだから、本当にどうしようもない話だ。
でも。わたしは彼に黙られてしまったら、もうどこに彼がいるのかわからないんだ。だからわたしを慰める言葉でもいい、罵倒でもいい、ちゃんと「いる」って安心させてほしかった。
「どうして、誰も教えてくれないの? レンくんは、知ってるの?」
その言葉に、レンくんは答えてくれなかった。替わりに「ごめんな」のひと言が耳に入ってきた。
違うのに。わたしが聞きたいことは、それじゃないのに。
どうしてここまで胸が痛いのか、わたしは本当にわからなかった。