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繁華街が近付くにつれ、人通りがだんだん多くなってきたような気がする。
店から流れてくるアイドルソングが耳に障ると思ってしまうのは、多分音が大きいから。レンくんの声を聞き洩らしてしまいそうで、少しだけピリピリとしていたのかもしれない。
「間宮、すっげえ怖い顔。眉間に爪楊枝突き刺せそうだぞ」
「えっ!!」
レンくんから言われたことで、思わずわたしはぱっと眉間を手で隠す。たしかに顔が疲れているような気がするけれど、爪楊枝が刺せそうなほども皺がついてないもの。
わたしが「むむ……」と唇を尖らすと、レンくんが笑い声を上げる。
「そんなに神経質になるなって。大丈夫大丈夫。俺は間宮の隣にいるから」
「で、でも……見えないし……」
わたしがおどおどと言い募るけれど、レンくんの対応はあっさりとしたものだ。
「大丈夫だって、他の奴なんて誰も他を気にしないから。間宮は他人を気にしすぎなんだって」
そう言われて、思わずはっとする。
人通りが多いといいなと思ったのは、大概人の話なんて聞いてないこと。わたしのほうに視線を向けてくる人はいなくて、ときおり感じていた生ぬるい視線を浴びていたたまれなくなることがないということだ。
だから、わたしが見えない男の子としゃべっていても、誰も変な視線を向けてこないし、わたしを変人扱いしない。
そのことにわたしがほっと息を吐いたところで「どうしても気になるんならさあ」とレンくんが続ける。
「手でも繋ぐか?」
「え?」
そもそも見えないし、今までどんなにレンくんの声が近付いても、吐息のひとつも当たってないんだ。そんなこと、本当にできるの?
わたしが思わず目をぱしぱしとさせてしまったら、レンくんは「ほら、手ぇ出せよ」と言ってくるものだから、わたしはおずおずと左手を出す。
やっぱり手は空を掻くばかりで、なんの感触も掴んではくれないけれど、わたしの手は突然ぷらぷらと揺れはじめた。
「え?」
「ほら、今俺は間宮と手を繋いでいる」
「え、ええ? でも、わたしなんの感触もないよ?」
「ほーら、揺らすから」
「わっ!」
わたしが力を加えていないにも関わらず、手はぶんぶんと幼稚園児が手遊びをしているように揺れるのに驚く。
本当に、手を繋いでいるのと、ただただ目を見張ってしまった。
でもだんだんそれが子供じみ過ぎていて、おかしくなってきてしまって、とうとうわたしは「ふはっ」と息を吐き出してしまった。
「も、もう……やめてったら」
なにがおかしいのか、笑いまで込み上げてきた。わたしが声を上げて笑い出すのに、レンくんは嬉しそうな声を上げる。
「よーし、間宮。笑ったな?」
「え?」
「このままゲーセンへゴーだ」
「ええー?」
そのままわたしは、見えない手に引かれるがまま、とことこと繁華街を歩いて行った。
意外とレンくんは歩幅が大きいのか、わたしはほとんど引きずられている感じだ。温度も感じない、感触も匂いもないのに、なんで、どうしてとついつい思ってしまう。
でも。気になってしまう視線も、大きな音も怖くなくなってしまったんだから不思議だ。
ゲームセンターは定番のクレーンゲームやレースゲーム、ホッケーに加えて、アーケードゲームやらコインゲームやらがけたたましい音を上げている。
その中で、レンくんは「ほら、プリントシール撮ろうぜ」と言い出したのに、わたしは目を見開いてしまった。
そもそもレンくんは見えないはずなのに、プリントシールなんて撮れるんだろうか。それとも、心霊写真みたいになってしまうんだろうか。頭にもやもやとしたものが浮かぶのを感じながら、わたしは手を引っ張られて、プリントシールの幕を取る。
お金を入れて、音声に合わせる。
【はい、ポーズを取って】
音声の指示に従って、わたしはどうにか笑おうとして、出てきた画像を見て思わず目を見開いてしまった。
わたしの隣には、明らかに男の子がいるのだ。
身長はわたしよりも高いけれど、男の子としては低め。160cm台前半くらい。髪は脱色して金髪になっているけれど、不思議と不良って雰囲気はない。むしろ。サッカー部のジャージを着て、くるくるとした表情をカメラに向けているのに、目が離せなくなる。
わたしは思わず隣を見たけれど、やっぱり見えない。正面を見たら、男の子がいる。
「あ、の……」
「んー?」
画面の向こうの男の子がたしかにしゃべっている。その声はレンくんのものだった。
聞いてない。
「ほら、間宮。あんまり変な顔するなって。ほら、もうそろそろシャッター切れるから」
「う、うん」
聞いてない。レンくんが格好いいなんて、全然聞いてない。
わたしはどうにか笑顔をつくったけれど、口元がぴしぴしと強張って、上手く笑えたのか自信がない。
シャッターが切れたあと、太陽のように笑うレンくんと引きつった笑いのわたしの写真が撮れたので、わたしは恥ずかしくって恥ずかしくってしょうがなくなっていた。
わたしが顔を火照らせている中、レンくんは至ってマイペースだ。
「じゃあなに描く? ヒゲでも描いとくか?」
らくがきしようとするのに、わたしは「ス、スタンプでいいんじゃないかな! 顔に落書きはしないで!」と必死で止めて、きらきらするスタンプをポンポンと押してプリントすることにした。
出てきたシールを見た瞬間、わたしはどっと額に熱が噴き出るのを感じていた。
「間宮ー、プリントシールは駄目だったか?」
「そ、そうじゃなくって……なんで?」
「なんでって、なにが?」
レンくんが不思議そうな声を上げるので、わたしは心臓がバクバクするのを必死で圧しとどめようとする。
落ち着いて、全然言葉がまとまらないけど、ちゃんと言わないと。わたしはそう必死で冷静になろうと努めながら、言葉を探した。
「なんで、レンくんはサッカー部のジャージ着てるの?」
素っ頓狂過ぎる言葉が出てきて、我ながらなにを言っているんだと口元を抑えてしまう。レンくんは「あー」と声を上げたあと、本当にいつもの調子で言葉を返してくれた。
「サッカー部だから」
「ええっと……さっきのサッカー部の練習にも、いたの?」
滝くんが頑張ってるなーと思いながら、レンくんが来るまで見ていたけれど、もしこんなに格好いい人がいたら、わたしはずっと見ていたと思う。……レンくんは、サッカー部にはいなかったと思うんだけど。
わたしの言葉に、レンくんは「え、うん」とこれまたあっさりとした返事。
う、うええええ? だから、いなかったよね。それとも、わたしが見えてないだけなの?
わたしが頭がぷすぷすと焦げそうになるのを感じながら、レンくんがいるのかもわからない方向に視線を落とす。
やっぱりプリントシールの幕から出てきたのはわたしだけで、レンくんの姿は見えなかったんだけれど。
「やっぱり、間宮は俺と一緒に遊びに行くのは駄目だった?」
「え?」
「プリントシールに入った途端、お前変になったから」
「へ、変って……! わたし、別に好きで変になったわけでは……」
「んー、やっぱりお前、変」
あなたの、せいで、わたしは、変なんです……! とは、口が裂けても言えなかった。
わたしは口をフガフガさせながら、顔が火照って熱くなるのを感じながら、蒸発しそうな言葉を必死で繋ぎとめる。
「た、楽しいよ! 本当。ご飯食べて、シール撮っただけだけれど、本当に、楽しい」
「あー……よかったあ……」
またそう声を上げる。さっきの小柄な金髪の男の子が、本当にほっとした顔をしているのが脳裏にひらめいた。
シールは結局、ふたつに分けて、片方はレンくんにあげた。どうやって持って行っているのかはわからなかったけれど、レンくんはもらってくれたみたいだ。
残りは、ふたりで本当に店をぶらぶらと見て回っただけだったけれど、それだけでも不思議と楽しかった。
手を繋がれても感触がない。でもたしかに隣から声が聞こえるのに安心していた。
服屋はお小遣いだととてもじゃないけど買えない値段ばかりで、レンくんは「たっか!」と言うのでわたしは「レンくん!?」と注意していたら、当然ながら店員さんに睨まれた。
スポーツ用品店の前を通ったら、ボールの値段が思っているよりも値が張ることに驚いた。それにレンくんは「そうだよなあ、高いよなあ」と笑ってくれた。
本屋に行こうとしたら、レンくんに手を引っ張られて素通りしてしまった。「お前本屋に行ったら本を見て戻ってこないだろ」と指摘されてしまったんだ。……うん、そうだね。
ウィンドウショッピングって、こんなに楽しいものだったっけ。そう思うくらいに満たされて、ようやく繁華街を抜けた。
「楽しかった……!」
わたしが声を上げると、レンくんが笑う。
「おう、俺も楽しかった。それじゃ、そろそろ帰るわ」
「うん……えっと、レンくん?」
「なに?」
こちらに彼が振り返っているんだろうか。そう思ったけれど、わたしには彼を見つけることはできない。
だから、精一杯笑顔をつくって、目が合うといいなと思いながら訴えた。
「ありがとう。誘ってくれて」
そのひと言だけは伝えたかった。普段はすぐに返事が返ってくるのに、レンくんがいつまで経っても声が返ってこないのに、途端にわたしは不安になり、視線をさまよわせる。
もう、彼はいなくなったんだろうか。それともさっきまでのことは、わたしの都合のいい妄想だったんだろうか。
きょろきょろとしていたら、ふいにわたしの手はプランプランと揺れた。
「え?」
「あー、もう。間宮。絶対にその顔、他ではすんなよ!?」
「え?」
「可愛いから! じゃあな!」
そのひと言と同時に、手はプランと大きく揺れて、力が抜けた。
男の子から、面と向かってそんなことを言われたことは、今までなかった。わたしは両手で頬を覆うと、そのまま立ち尽くしてしまった。
なんでなんなに格好いい男の子が、わたしのことを気にかけてくれるんだろう。見えないのが申し訳ないくらいだ。
あのプリントシールは、見えないところに貼って、大事にしよう。そう心に決めた。
繁華街が近付くにつれ、人通りがだんだん多くなってきたような気がする。
店から流れてくるアイドルソングが耳に障ると思ってしまうのは、多分音が大きいから。レンくんの声を聞き洩らしてしまいそうで、少しだけピリピリとしていたのかもしれない。
「間宮、すっげえ怖い顔。眉間に爪楊枝突き刺せそうだぞ」
「えっ!!」
レンくんから言われたことで、思わずわたしはぱっと眉間を手で隠す。たしかに顔が疲れているような気がするけれど、爪楊枝が刺せそうなほども皺がついてないもの。
わたしが「むむ……」と唇を尖らすと、レンくんが笑い声を上げる。
「そんなに神経質になるなって。大丈夫大丈夫。俺は間宮の隣にいるから」
「で、でも……見えないし……」
わたしがおどおどと言い募るけれど、レンくんの対応はあっさりとしたものだ。
「大丈夫だって、他の奴なんて誰も他を気にしないから。間宮は他人を気にしすぎなんだって」
そう言われて、思わずはっとする。
人通りが多いといいなと思ったのは、大概人の話なんて聞いてないこと。わたしのほうに視線を向けてくる人はいなくて、ときおり感じていた生ぬるい視線を浴びていたたまれなくなることがないということだ。
だから、わたしが見えない男の子としゃべっていても、誰も変な視線を向けてこないし、わたしを変人扱いしない。
そのことにわたしがほっと息を吐いたところで「どうしても気になるんならさあ」とレンくんが続ける。
「手でも繋ぐか?」
「え?」
そもそも見えないし、今までどんなにレンくんの声が近付いても、吐息のひとつも当たってないんだ。そんなこと、本当にできるの?
わたしが思わず目をぱしぱしとさせてしまったら、レンくんは「ほら、手ぇ出せよ」と言ってくるものだから、わたしはおずおずと左手を出す。
やっぱり手は空を掻くばかりで、なんの感触も掴んではくれないけれど、わたしの手は突然ぷらぷらと揺れはじめた。
「え?」
「ほら、今俺は間宮と手を繋いでいる」
「え、ええ? でも、わたしなんの感触もないよ?」
「ほーら、揺らすから」
「わっ!」
わたしが力を加えていないにも関わらず、手はぶんぶんと幼稚園児が手遊びをしているように揺れるのに驚く。
本当に、手を繋いでいるのと、ただただ目を見張ってしまった。
でもだんだんそれが子供じみ過ぎていて、おかしくなってきてしまって、とうとうわたしは「ふはっ」と息を吐き出してしまった。
「も、もう……やめてったら」
なにがおかしいのか、笑いまで込み上げてきた。わたしが声を上げて笑い出すのに、レンくんは嬉しそうな声を上げる。
「よーし、間宮。笑ったな?」
「え?」
「このままゲーセンへゴーだ」
「ええー?」
そのままわたしは、見えない手に引かれるがまま、とことこと繁華街を歩いて行った。
意外とレンくんは歩幅が大きいのか、わたしはほとんど引きずられている感じだ。温度も感じない、感触も匂いもないのに、なんで、どうしてとついつい思ってしまう。
でも。気になってしまう視線も、大きな音も怖くなくなってしまったんだから不思議だ。
ゲームセンターは定番のクレーンゲームやレースゲーム、ホッケーに加えて、アーケードゲームやらコインゲームやらがけたたましい音を上げている。
その中で、レンくんは「ほら、プリントシール撮ろうぜ」と言い出したのに、わたしは目を見開いてしまった。
そもそもレンくんは見えないはずなのに、プリントシールなんて撮れるんだろうか。それとも、心霊写真みたいになってしまうんだろうか。頭にもやもやとしたものが浮かぶのを感じながら、わたしは手を引っ張られて、プリントシールの幕を取る。
お金を入れて、音声に合わせる。
【はい、ポーズを取って】
音声の指示に従って、わたしはどうにか笑おうとして、出てきた画像を見て思わず目を見開いてしまった。
わたしの隣には、明らかに男の子がいるのだ。
身長はわたしよりも高いけれど、男の子としては低め。160cm台前半くらい。髪は脱色して金髪になっているけれど、不思議と不良って雰囲気はない。むしろ。サッカー部のジャージを着て、くるくるとした表情をカメラに向けているのに、目が離せなくなる。
わたしは思わず隣を見たけれど、やっぱり見えない。正面を見たら、男の子がいる。
「あ、の……」
「んー?」
画面の向こうの男の子がたしかにしゃべっている。その声はレンくんのものだった。
聞いてない。
「ほら、間宮。あんまり変な顔するなって。ほら、もうそろそろシャッター切れるから」
「う、うん」
聞いてない。レンくんが格好いいなんて、全然聞いてない。
わたしはどうにか笑顔をつくったけれど、口元がぴしぴしと強張って、上手く笑えたのか自信がない。
シャッターが切れたあと、太陽のように笑うレンくんと引きつった笑いのわたしの写真が撮れたので、わたしは恥ずかしくって恥ずかしくってしょうがなくなっていた。
わたしが顔を火照らせている中、レンくんは至ってマイペースだ。
「じゃあなに描く? ヒゲでも描いとくか?」
らくがきしようとするのに、わたしは「ス、スタンプでいいんじゃないかな! 顔に落書きはしないで!」と必死で止めて、きらきらするスタンプをポンポンと押してプリントすることにした。
出てきたシールを見た瞬間、わたしはどっと額に熱が噴き出るのを感じていた。
「間宮ー、プリントシールは駄目だったか?」
「そ、そうじゃなくって……なんで?」
「なんでって、なにが?」
レンくんが不思議そうな声を上げるので、わたしは心臓がバクバクするのを必死で圧しとどめようとする。
落ち着いて、全然言葉がまとまらないけど、ちゃんと言わないと。わたしはそう必死で冷静になろうと努めながら、言葉を探した。
「なんで、レンくんはサッカー部のジャージ着てるの?」
素っ頓狂過ぎる言葉が出てきて、我ながらなにを言っているんだと口元を抑えてしまう。レンくんは「あー」と声を上げたあと、本当にいつもの調子で言葉を返してくれた。
「サッカー部だから」
「ええっと……さっきのサッカー部の練習にも、いたの?」
滝くんが頑張ってるなーと思いながら、レンくんが来るまで見ていたけれど、もしこんなに格好いい人がいたら、わたしはずっと見ていたと思う。……レンくんは、サッカー部にはいなかったと思うんだけど。
わたしの言葉に、レンくんは「え、うん」とこれまたあっさりとした返事。
う、うええええ? だから、いなかったよね。それとも、わたしが見えてないだけなの?
わたしが頭がぷすぷすと焦げそうになるのを感じながら、レンくんがいるのかもわからない方向に視線を落とす。
やっぱりプリントシールの幕から出てきたのはわたしだけで、レンくんの姿は見えなかったんだけれど。
「やっぱり、間宮は俺と一緒に遊びに行くのは駄目だった?」
「え?」
「プリントシールに入った途端、お前変になったから」
「へ、変って……! わたし、別に好きで変になったわけでは……」
「んー、やっぱりお前、変」
あなたの、せいで、わたしは、変なんです……! とは、口が裂けても言えなかった。
わたしは口をフガフガさせながら、顔が火照って熱くなるのを感じながら、蒸発しそうな言葉を必死で繋ぎとめる。
「た、楽しいよ! 本当。ご飯食べて、シール撮っただけだけれど、本当に、楽しい」
「あー……よかったあ……」
またそう声を上げる。さっきの小柄な金髪の男の子が、本当にほっとした顔をしているのが脳裏にひらめいた。
シールは結局、ふたつに分けて、片方はレンくんにあげた。どうやって持って行っているのかはわからなかったけれど、レンくんはもらってくれたみたいだ。
残りは、ふたりで本当に店をぶらぶらと見て回っただけだったけれど、それだけでも不思議と楽しかった。
手を繋がれても感触がない。でもたしかに隣から声が聞こえるのに安心していた。
服屋はお小遣いだととてもじゃないけど買えない値段ばかりで、レンくんは「たっか!」と言うのでわたしは「レンくん!?」と注意していたら、当然ながら店員さんに睨まれた。
スポーツ用品店の前を通ったら、ボールの値段が思っているよりも値が張ることに驚いた。それにレンくんは「そうだよなあ、高いよなあ」と笑ってくれた。
本屋に行こうとしたら、レンくんに手を引っ張られて素通りしてしまった。「お前本屋に行ったら本を見て戻ってこないだろ」と指摘されてしまったんだ。……うん、そうだね。
ウィンドウショッピングって、こんなに楽しいものだったっけ。そう思うくらいに満たされて、ようやく繁華街を抜けた。
「楽しかった……!」
わたしが声を上げると、レンくんが笑う。
「おう、俺も楽しかった。それじゃ、そろそろ帰るわ」
「うん……えっと、レンくん?」
「なに?」
こちらに彼が振り返っているんだろうか。そう思ったけれど、わたしには彼を見つけることはできない。
だから、精一杯笑顔をつくって、目が合うといいなと思いながら訴えた。
「ありがとう。誘ってくれて」
そのひと言だけは伝えたかった。普段はすぐに返事が返ってくるのに、レンくんがいつまで経っても声が返ってこないのに、途端にわたしは不安になり、視線をさまよわせる。
もう、彼はいなくなったんだろうか。それともさっきまでのことは、わたしの都合のいい妄想だったんだろうか。
きょろきょろとしていたら、ふいにわたしの手はプランプランと揺れた。
「え?」
「あー、もう。間宮。絶対にその顔、他ではすんなよ!?」
「え?」
「可愛いから! じゃあな!」
そのひと言と同時に、手はプランと大きく揺れて、力が抜けた。
男の子から、面と向かってそんなことを言われたことは、今までなかった。わたしは両手で頬を覆うと、そのまま立ち尽くしてしまった。
なんでなんなに格好いい男の子が、わたしのことを気にかけてくれるんだろう。見えないのが申し訳ないくらいだ。
あのプリントシールは、見えないところに貼って、大事にしよう。そう心に決めた。