当時の私たちは研修医でしたが、患者から見れば「ただの医者」です。研修医というふうには見てくれません。患者側からすれば、研修医だからと言って料金が安くなるわけでもないので、当たり前のことだと思います。ですが、それでも私たちは研修医でした。医者として働いている人に比べると、まだまだ未熟なところはあります。患者から高度なレベルの治療を要求されて対応しきれなかったり、上司から要求された治療が思うようにいかなかったりしたとき、自分自身のふがいなさを感じて落ち込むときもありましたね。落ち込んだ時は、同じ研修医同士で何人か集まって食事に行き、愚痴をこぼしたり、慰め合ったりもしました。でも、研修医は終わる時間が、みんなバラバラだったりするから、時間が合わなくて、時には、あなたと2人だけで飲みに行ったこともありました。その時のことを覚えてる?
 あなたは私と2人の時は、他の研修医がいる時よりもたくさんのお酒を飲んでいました。日本酒、焼酎、ビール。何でも飲める酒豪。私はあなたにはとてもかなわなかったけど、あなたのお酒に、とことん付き合う気持ちでいたから、いつもかなり酔っぱらっていました。本当に酔いが回りすぎた時は、ウーロン茶を時にはビールだと偽って飲んでいましたけどね。あなたに何かあった時に、介抱をするのは自分の方だって思っていたから。
 たくさんお酒を飲んで、お互いによくわからなくなってくると、愚痴の話もひどくなったり、オフレコの話もたくさんしたりしたことも、いい思い出です。でも、私たちにあったのは若さだけだったから、たくさんお酒を飲んでストレス発散をしたら、翌日は笑顔で病院に行き、地道に研修するしかありませんでした。今なら、あの頃に悩んでいた内容というのは、どうしてこんなことで悩んでいたのかと思うものばかりです。ただ、今の私は経験を積んで、スキルアップもして、あの頃に悩んでいたことも簡単に解決できるのですが、医者としての知識も腕もなかった、あの頃に戻りたいと思うのはなぜなんだろう? と、ふと思うことがあります。あなたはどうですか? 私は「どうしたらいいんだろう」と、あなたと2人で、美味しいご飯を食べながら、美味しいお酒を飲みながら、2人で夜通し話をしたいと思ってしまいます。あの頃の自分に戻りたいと、切に願っている自分がいます。これは嘘偽りのない気持ちです。
 よくよく思い返してみると、あの頃は、やっぱり辛いと感じる時間の方が多くありました。もどかしいと思う時間もたくさんありました。けれど、がむしゃらだった研修医の頃の自分が、人生の中で一番輝いていたと思うんです。それは、そこにあなたがいるから。あなたがいる同じ空気の中に、自分を置きたい衝動にかられるんだ。私は、あなたの傍にいた頃が、本当に楽しかったから。過去の記憶は美化されるものだという人もいるけれど、だから戻りたいというわけではありません。だって、辛い記憶は辛いまま残っていますし、嫌なこともそのまま記憶に残っています。ですが、それら全部を差し引いても、あなたの傍に入れた時間が、何よりも愛おしくて、心が温かくなるんです。だから、「美化されている」なんて思いません。本当に、あの時代、あなたと一緒にいた時間が、人生の中で何よりも輝いていました。これは、私にとっては、まぎれもない事実です。