ただ、そんな男勝りのあなたでも、辛いことがありましたよね。「女性である」というだけで、理不尽な仕打ちを受けて「辛い」と言って泣いていた姿は、忘れられません。あなたのあの姿を見た時、私は心が張り裂けそうでした。私にはどうすることもできない歯がゆさと、どうしてあなたがそんなことで泣かなければいけないのかという理不尽さに腹が立って。あなたは体格がいいから、弱い女性として見られることは少なかった。けれど、医者としての自覚をもって、自分のスキルを上げるために、男が多い医者の世界でも埋もれることなく、着実に努力をして頑張っていたことを、私は知っています。それなのに、しっかり診察をしていても、「女のくせに生意気だ」「女は男の後ろに立って、男を立てろ」「女の先生は頼りないから男の先生に診てほしい」なんて、同僚や患者が揶揄することは、後を絶ちませんでした。同僚だけなら、あなたが優秀だから陰口を言っているということで済ませられることもあったかもしれません。ですが、患者に言われた時は、本当にショックでしたよね。私たちが研修医の時代は、まだまだ診療科によっては女性が少なかったから、患者側もそんなことを言ってしまったのだと思います。今の時代だったら、きっとそんな揶揄を言ってくるのは、心無い男性の同僚だけだと思うから。ただ、時代が悪かった。という言葉だけではすまないほど、あなたは本当に傷ついていましたね。
 あなたは辛い辛いと思っていても、それを人に見せるようなことはありませんでした。医者として仕事をしていく覚悟を持っていたあなただからこそ、そんな言葉で傷ついて泣いているところを誰にも見せたくなかったのだと思います。だからあなたは、人知れず陰で涙していました。そんな姿を、私はタイミング悪く発見してしまったときがありましたよね。あなたは見られたくなかったと思います。でも、そんな風に泣いているあなたを見て、私は見た目も性格も豪快で、どんな時でもしっかりしている人だと思っていたけど、この人は紛れもなくデリケートな女性なんだって改めて思うことができました。女性であることを引け目に感じることはないとわかっていても、性で差別する風潮が当時は残っていました。今も完全に消えたかというと疑問が残るほど。だからこそ当時の状況は、本当に酷かったんだと思います。私は男なので、あなたの気持ちを心から理解することは難しいかもしれない。けれど、少しでもあなたの気持ちに沿いたいと心から思ったから、声をかけました。初め、あなたは驚いていたけれど、ポツポツと心の内を話してくれましたね。
 あぁ、あなたは本当はずっと誰かに、話を聞いてほしかったんじゃないかなって思いました。でも、それを誰かに言うと、弱音を吐いているようで、そんな姿を人に見せたくないと思う強気な心があるからできなくて。強気な心があるからこそ、前に進める時もあるけれど、強気な心があるからこそ、人に甘えることができなくなる時もあります。こんなこと、私に言われなくてもあなたは理解した上で、強気な心を優先していたのでしょう。それなのに、私が声をかけたから、泣いているところを見られてしまったから、あなたは強気な心を保つことができなくなって、私に甘えてくれました。私には、黙ってあなたの話を聞くことしかできません。でも、少しでもあなたの力になりたいと思ったから、聞くことで寄り添いたかったんです。あなたは、あの時間をどう思っていましたか? 少しでも心が和らぐ時間になったでしょうか? 女性には厳しい医者の世界かもしれません。でも、1人じゃないことは知ってほしかったんです。あなたのそばには、いつも私という味方がいることを。どんなことがあっても、あなたのことを信用し、味方でい続ける存在が、あなたにはいるんだよって言うことを。
 あなたは、ともすれば何でも1人で戦える強さを持っています。ですが、強いからと言って傷つかないわけではありません。ただ傷は、放置していてもいずれ風化することもあります。でも、1人で風化させたのと、誰か味方がいて風化させたのでは、意味合いは違うと思うんです。あなたは、人に甘えることに抵抗がある人でした。それは、「女性だから」というところで差別を受けていたからだと思います。人によっては、差別を受けている「女性だから」という「女性」の部分をうまく利用してる人もいました。あなたは、あんなにコミュニケーション能力が高い人なのに、そういうところは全く利用せず、1人の医者として、誰とも公平に接していました。そちらの方が辛い道なのはわかりきっているのに、それでも選んでいて。だからこそ私は、あなたのことを応援したくなったんだと思います。医者としての腕の良し悪しで判断されるのではなく、ただ「女性」だというだけで判断されて傷つけられても、人前で笑っているあなたの姿はとても素晴らしいです。でも、私の前で泣きながら、心に詰まっていたものを吐き出してくれたあなたの姿も……これは、失礼な言い方になるのかもしれないですが、私は美しいと思いました。心配する気持ちと、綺麗だなと思う気持ちの両方があったんです。私はあなたに惹かれていたから、どうしてもあなたに接している時は、下心が付きまとう。それだけは、大目に見てくれると嬉しいです。