千鶴子の歌謡日記

  なんでこんな 我慢を するのか
   誰も知らない 濡れた 枕を
    帰ろうと     思えば誰も
    引き留めないのに 都会に 溺れた
  今にきっと 家でも 買って
   親を呼んで 楽を させたい

  盆か暮れに 帰れば なぜか
   段々小さくなってく父母
  やがて時が 二人を 連れ去り
   今は田舎に 墓が あるだけ
    帰っても    知る人もなく
    都会の真似して 変わった町並み
  たったひとつ 昔の ままに
   残るものは 老いた 樅の木

 一般教養の経済学によれば、限界効用は逓減するもの。着くまでは、胸を弾ませていても、四五日も田舎にいると、人流がスカスカで、刺激がないので、退屈で嫌になる。クーラーがないので、夜寝苦しいのがたまらない。明日、東京に帰ろう。田舎では、四月には喧嘩祭りでにぎわう村はずれの神社のたたずまいと森林のフトンチッドだけが印象に残った。そこで、片桐和子の『旅愁』のような歌が生まれた。

  想い悩んで悲しみの果てに 
   訪れた村
  鄙びた社 広い境内 
  鎮守の森の木の香り
   想い出に熱く抱かれて
    昨日の愛はもう戻らない
    とても未練は尽きないけれど
    もうあの人と逢うのはよそう

  慕い疲れて苦しみの果てに
   やって来た村
  傾きかけた石の狛犬
  鳥居の柱 傷の痕
   想い出に熱く刻まれ
    明日の愛は当てにならない
    とても未練は尽きないけれど
    もうあの人と逢うのはよそう

  愛し切れずに約束を捨てて
   逃げてきた村
  黝に燻んだ太い小屋梁
  囲炉裏の煙 火の香り
   想い出に熱く灼かれて
    今日の愛は燃やして行こう
    とても未練は尽きないけれど
    もうあの人と逢うのはよそう

 帰郷の列車内から、日本海が見えた。親知らず子知らずは高速道路からしか見えない。新幹線はトンネルの中だ。裏日本にはどこかしら暗い不幸のイメージがある。松本清張の『砂の器』や水上勉の『越後つついし親知らず』の影響かも知れない。そこで、山口洋子の『千曲川』のような歌が生まれる。

  ある夕暮れの磯浜に  二人の影と波の唄
  怒涛さざめく沖の潮  わたしは嗚咽堪え得ず
  あなたのかいなにいだかれて  息密やかに頬寄せる