デッキで手を振る 無邪気なあなた
     どうしてこんな船乗りに
      私は恋をしたのでしょう
  別れた後のやるせなさ
  一体何に喩えよう
   薄紅色の紫陽花が
    例えば不意に散るような
  
  別れのテープ 口づけて
  一体何が伝わるの
   出て行く船に引き裂かれ
    想いは不意に千切れます
     忘れる頃また 戻って来たら
     今度はきっとさようなら
      私は夢を見たのでしょう
  また逢うときの切なさを
  一体何に託そうか
   想い出部屋に敷き詰めて
    転がす未練 恋枕

  出逢いの朝を しののめを
  一体何に喩えよう
   窓辺の白い紫陽花が
    例えば愛の薄紅に
     港のお話 優しいあなた
     ひととき夢を見た後は
      私は融けて流れます
  別れた後の残り火を
  一体何に喩えよう
   真っ赤に燃える紫陽花が
    例えば不意に咲くような
  


六月二日

 彼とドラクロワ展に行く。いつものように古色蒼然とした芸術院会館の傍らの鄙びた喫茶店で待ち合わせ。いつものように彼は遅れてくる。これ見よがしに三田学会雑誌を手にしている。三田学会雑誌は三田校舎の南館の1階の吹き抜けに山積みになっている。学生から学会会費を強制徴収しているからタダで配っているのだ。本来なら会費を強制徴収している学生会員に個別に配付するべきだが、コストがかかる。学生は会費を取られているが、学費と一緒で、支払っているのが親だから、頓着しない。そこが大学の付け入るところだ。
 彼はいつも手ぶらでは来ない。必ず手に何かの本を持っている。朝日ジャーナルか、三田学会雑誌かの、どちらかを。見せびらかすために。キチンと読んでいる風情はない。
 かつて森?外が館長を務めた国立博物館の東洋館の内部を巡りながら、わたしは、彼を困らせてやろうと思った。そして、こう言った。
「あなたはいつも、絵のどこをどう見るの?」
 彼は、おそらく困るはずだった。なぜなら、彼は美術評論家でもないし、美術愛好者でもないから。彼が、頻繁にわたしを絵画展に誘うのは、他に誘うところがないから。展示物を見ている間は、あまりお喋りしないから、長時間のデートでも、お互いにボロが出ない。
 彼は、偉そうにこう答えた。
「光源を考えるよ」