と言われて、わたしは吉田邸の総門を潜った。
彼は、水色の薄手のセーターを着て現れた吉田君に、わたしをこう紹介した。
「ぼくより頭のいい人だよ。鎌倉殿だ」
吉田君は、
「へーっ」
と、間の抜けた受け答えをした。彼の言うことは、一つ一つが見え透いている。吉田君の驚きは、そのまま、彼の頭の良さをわたしに知らしめることになる。間接的な自己顕示。それが彼のやり口だ。
二人は経済学の話ばかりしていた。ケインズとか、マルクスとか、サムエルソンとか。あとは覚えていない。多くの人の知らない知識をひけらかすことは、その人があたかも博識であるように見せかける。知的虚飾の好きな人、ペダンティスト。最小の努力で碩学になろうとする人。そう言う人は、好んで多くの人の知っていそうもないこと口にする。二人の会話の目的も大方、そのへんにあったに違いない。わたしはただ、退屈そうにクッションのききすぎたソファーの上でぽつねんとしていた。ああいうときのわたしは、モノだ。
吉田とかいう人は、間違いなくわたしに気がある。わたしの方をちらちらと見ていた。彼もそのことに気付いていたはず。彼がわたしを吉田君に引き合わせ、自分の虚栄心を満たすという目的は、達せられた。わたしは、彼の装飾に過ぎなかったのだ。わたしが美しく、そして吉田君の目にも、わたしが魅力的な女性として映ることは、大いに彼の自尊心を擽ったに違いない。吉田君は、第一に盗むようにしてわたしの方を伺った。その見方は、わたしに気取られまいとする見方。わたしがソファーの前のテーブルの上に目を落としたり、大きなガラス戸越しに見渡せる中庭に目を向けたりするとき、彼の視線がわたしの横顔を貪る様に向けられる。わたしが不意に視線を彼の方に向けると、吉田君の目はどぎまぎして、錯乱し、慌ててわたしの視線から逃れる。そんなにわたしを見たくて、しかも気づかれまいと思うのなら、明け透けに、繁々と何気なく目を向ければいいのに。時々盗むようにして見れば、気があるということはすぐバレてしまうのが分らないのね。そして女は、気があると分ると、自分のフィーリングに会う男性だったら胸がときめくけれど、何も感じない男性だったら愉快になるもの。その程度の行為なら、徹底的に嫌いな人は別として、たとえ好きでない人から受けても女は有頂天になる。
彼は、水色の薄手のセーターを着て現れた吉田君に、わたしをこう紹介した。
「ぼくより頭のいい人だよ。鎌倉殿だ」
吉田君は、
「へーっ」
と、間の抜けた受け答えをした。彼の言うことは、一つ一つが見え透いている。吉田君の驚きは、そのまま、彼の頭の良さをわたしに知らしめることになる。間接的な自己顕示。それが彼のやり口だ。
二人は経済学の話ばかりしていた。ケインズとか、マルクスとか、サムエルソンとか。あとは覚えていない。多くの人の知らない知識をひけらかすことは、その人があたかも博識であるように見せかける。知的虚飾の好きな人、ペダンティスト。最小の努力で碩学になろうとする人。そう言う人は、好んで多くの人の知っていそうもないこと口にする。二人の会話の目的も大方、そのへんにあったに違いない。わたしはただ、退屈そうにクッションのききすぎたソファーの上でぽつねんとしていた。ああいうときのわたしは、モノだ。
吉田とかいう人は、間違いなくわたしに気がある。わたしの方をちらちらと見ていた。彼もそのことに気付いていたはず。彼がわたしを吉田君に引き合わせ、自分の虚栄心を満たすという目的は、達せられた。わたしは、彼の装飾に過ぎなかったのだ。わたしが美しく、そして吉田君の目にも、わたしが魅力的な女性として映ることは、大いに彼の自尊心を擽ったに違いない。吉田君は、第一に盗むようにしてわたしの方を伺った。その見方は、わたしに気取られまいとする見方。わたしがソファーの前のテーブルの上に目を落としたり、大きなガラス戸越しに見渡せる中庭に目を向けたりするとき、彼の視線がわたしの横顔を貪る様に向けられる。わたしが不意に視線を彼の方に向けると、吉田君の目はどぎまぎして、錯乱し、慌ててわたしの視線から逃れる。そんなにわたしを見たくて、しかも気づかれまいと思うのなら、明け透けに、繁々と何気なく目を向ければいいのに。時々盗むようにして見れば、気があるということはすぐバレてしまうのが分らないのね。そして女は、気があると分ると、自分のフィーリングに会う男性だったら胸がときめくけれど、何も感じない男性だったら愉快になるもの。その程度の行為なら、徹底的に嫌いな人は別として、たとえ好きでない人から受けても女は有頂天になる。