「そうでしょうねえ。投身とか薬物とか縊死とか、すぐ亡くなるような形であれば、衝動的に、とも考えられますが、餓死となると、死に至るまで一か月以上かかるわけですから、よほど強い意志があったということですね」
と感慨深げに土岐は言う。言ってから、言い方のまずさに気付いた。土岐は幸子の顔を窺う。気分を害している様子はなかった。
「それで、いかがでしょうか。調査していただけるでしょうか」
「とりあえず、この日記をお預かりしてもよろしいでしょうか。検討させていただいて、後日、見積もりをメールで送りますので、ご主人と一緒にご覧ください。その見積りでよろしければ、調査にとりかかります」
「で、今日の御礼は・・・」
「調査に着手するということであれば、請求させていただきます。そうでなければ、結構です」
と締めくくって、冷めた紅茶を飲みほした。
「来週中には、見積もりのメールをご主人のアドレスに送信しますので、その旨、ご主人にお伝えください。今日のところは、この日記帳を預からせていただきますが、なにか気づいたことがありましたら、その名刺の番号にお電話いただくか、メールをいただければ幸いです」
帰宅してから、土岐は幸子が清書したという、
『千鶴子の日記』
を読み始めた。
九月十日
あたかも、大学のキャンパスは時節はずれのお祭り騒ぎ。カーニバルの様な『黒いオルフェ』を連想させる。今日に始まったことではないけれど、乱雑な立て看板が、俗悪な場末の映画街よろしく、銀杏の並木道や校庭や食堂の前の広場や噴水のある中庭に立てられ、その傍らで、浮浪者のような風采の自治会の連中が、得意げに、居丈高に、一種の陶酔に浸りながら、トランス状態で、ハンド・スピーカーを小脇に抱えて怒鳴っていた。
と感慨深げに土岐は言う。言ってから、言い方のまずさに気付いた。土岐は幸子の顔を窺う。気分を害している様子はなかった。
「それで、いかがでしょうか。調査していただけるでしょうか」
「とりあえず、この日記をお預かりしてもよろしいでしょうか。検討させていただいて、後日、見積もりをメールで送りますので、ご主人と一緒にご覧ください。その見積りでよろしければ、調査にとりかかります」
「で、今日の御礼は・・・」
「調査に着手するということであれば、請求させていただきます。そうでなければ、結構です」
と締めくくって、冷めた紅茶を飲みほした。
「来週中には、見積もりのメールをご主人のアドレスに送信しますので、その旨、ご主人にお伝えください。今日のところは、この日記帳を預からせていただきますが、なにか気づいたことがありましたら、その名刺の番号にお電話いただくか、メールをいただければ幸いです」
帰宅してから、土岐は幸子が清書したという、
『千鶴子の日記』
を読み始めた。
九月十日
あたかも、大学のキャンパスは時節はずれのお祭り騒ぎ。カーニバルの様な『黒いオルフェ』を連想させる。今日に始まったことではないけれど、乱雑な立て看板が、俗悪な場末の映画街よろしく、銀杏の並木道や校庭や食堂の前の広場や噴水のある中庭に立てられ、その傍らで、浮浪者のような風采の自治会の連中が、得意げに、居丈高に、一種の陶酔に浸りながら、トランス状態で、ハンド・スピーカーを小脇に抱えて怒鳴っていた。