所詮、口語と文語は同じではない。『浮雲』の二葉亭四迷もそのことに気付いていた。だから筆を折り、ベンガル湾上で客死し、シンガポールの熱帯で埋葬されたのだ。そのことに『三毛猫ホームズ』シリーズの赤川次郎を元祖とするミーハーの携帯小説は気づいていないから、いずれ滅びる。流行作家に文体などありはしない。大衆迎合のストーリーテリングがあるだけだ。そこで、佐藤春夫の『都会の憂鬱』や『田園の憂鬱』のような白い憂鬱の歌が生まれる。

  メゾフォルテでピアノを叩いてみても
  大声でアリアを歌ってみても
    どうしても満たされない
     この胸の白い靄
       あなたの華やいだ あの幻が
        わたしのまどろみに根を降ろして
         心を掻き乱し 絡み付く
       それは それは
       白い 白い憂鬱

  花の園が広がる 窓辺の景色
  田園が奏でる 安らぎさえも
この胸に ただ虚しく
     色あせて 映るだけ
       あなたの寂しげな あのさようならが
        わたしの想い出に葉を広げて
         未練を抱き起こし 纏い付く
       それは それは 
       白い 白い憂鬱

       あなたの悲しげな あの微笑みが 
        眠りかけていた目を覚まさせ
         心を掻き乱し 絡み付く
       それは それは
       白い 白い憂鬱 





一月五日

 能生に着いたのは、四日の午後。能生は『都の西北』を作詞した相馬御風の生まれた糸魚川市の隣町だ。
 田舎は、人と自然が兄弟のように融和しているところ。いま、雪がチラチラ降っている。
阿久悠作詞『ざんげの値打ちもない』で北原ミレイが歌う「窓にちらちら雪が降り」というほど寒くない。音を決して立てない忠実な召使のような雪の寡黙な重みが、次第にずっしりと折り重なってゆく。軈て全ての事物を冬の白い天の衣の中に抱きこむように、軽やかな雪が休みなく堆積してゆく。そこで、白いさんざしの庭の歌が生まれる。

  さんざしの庭から
   庄の川の浮橋が
    あなたの肩の髪越しに
     揺らいで見えます
  さんざしの木の根に
   わたしの友と旅立った
    あなたの思い出を埋めて