「ええ、・・・おひとりで、この店の前をお通りになるのを見かけたことは、ありますけど・・・」
と言いながら、窄めた口を濁した。土岐は、水原昇に口に出して言いづらい身体的な特徴があると推理した。たぶん肥満体か、はげか、小躯ということだろうと予想した。
「お宅は、ここから何分ぐらいですか」
「すぐそこです。通りの右側で、クリーム色の、メルヘンチックな木造の家です」
「何か、変わったことはありましたか?」
と言う土岐の質問に女店員は伏し目がちに眉根を寄せた。しばらく、沈黙があった。
「・・・お嬢さんが、いらっしゃったとおもうんですが、最近全然見かけないんです」
「へーえ、おいくつぐらいのお嬢さんですか」
「最後にご来店いただいたとき、大学の4年生だったんで、いまはたぶん22歳か、23歳だと思うんですが・・・」
 そこで、やっと土岐は黒い長財布を取り出した。女店員は右隅のレジに向かった。
 土岐は領収書を受け取るとジャケットの右ポケットに入れて、店を出た。1分も歩かないうちに、それらしい家が目に留まった。胸の高さに赤茶けた煉瓦塀があり、そのすぐ奥にクリーム色の一見、観光地の喫茶店のような木造の家が見えた。外壁は南京下見張りだ。土岐はレンガ塀に挟まれた青銅色の鋳物門扉を押し開けて、玄関の黒いブザーを押した。ちょうど1時だった。
 暫くしてドアが開いた。中年過ぎの小柄な女が土岐を見上げた。
「土岐さんですか」
「そうです」
「どうぞ、お入りください」
 半坪ほどの玄関の上がり框にムートンの茶のスリッパが揃えられていた。後ろ向きに玄関の板の間に上がった女が跪いた。
「どうぞ、おあがりください」
 土岐は女の頭頂部を見下ろした。細く柔らかそうな頭髪で、白っぽい頭皮が透けて見える。
 土岐はチャコールグレーのスニーカーのような革靴を脱いで、スリッパの中に足を滑らした。正面が応接間の入口になっていた。女に導かれるまま、土岐は応接間に入った。六畳ほどの広さだ。こげ茶の布地の小ぶりのソファーセットが中央にある。女は土岐を奥の長いソファーを勧める。
「少々お待ちください。いま、お飲み物を・・・」
「どうぞ、おかまいなく」
と土岐が言い終えないうちに女は部屋を出ていった。