千鶴子の歌謡日記

「作詞家になりたかったみたい。わたしも最初は、そのつもりだったけど・・・」
「諦めたんですか?」
「作詞家を志望する人って謳い文句で、生徒募集しているんだけど、生徒になっても作詞家にはなれないってわかったんです」
「どうしてなれないんですか」
「プロモートするシステムになっていないんです」
「じゃあ、なんの教室なんですか?」
「音程と言葉のリズムの一致とか、一音一語とか、あと毎回、課題が出て、翌週生徒の作品を講評するとか。だいたい、講師が売れない業界関係者で、彼らのお小遣いかせぎの教室みたいで・・・」
「千鶴子さんはどんな感じでしたか?」
「新人賞をもらったと思うわ。ただ、佳作で。講師の評価ではいまいちという感じで」
「新人賞をもらうと作詞家への道が開かれるんですか?」
「いいえ。賞状と記念の盾がもらえるだけで・・・」
「それで、彼女はいつやめたんですか?」
「去年の秋ごろじゃないかしら・・・」
「何かあったんですか?」
「特別何が・・・ということはないんですが、去年の秋に現役のCDプロデューサーが講師をしたことがあって、・・・ケイコさんはたしか、課題の評価が高くて・・・授業終了後、みんなで居酒屋に飲みに行ったんです。二次会に彼女誘われたけど、帰っちゃって、せっかくのチャンスだったのに・・・」
「なんのチャンス?」
「CDデビューの」
「二次会に参加すれば、CDにデビューできるんですか?」
と土岐が言うと、彼女は「おや?」というような表情を見せた。土岐の疑問の意味が理解できないようだった。言葉通りの疑問なのか、別の情報を引き出すための質問なのか。
「作詞家になるには、業界関係者になる必要があるんです。阿久悠だって、秋元康だって、みんな業界関係者だった。この教室から作詞家になった女性がいたけど、もともと水商売で、だいぶお金を使ったみたい。山口洋子のような成功を狙ったみたいだったけど、肝硬変で還暦前に死んでしまった。ケイコさんは、まだ学生で、水商売もしていなかったようだし、お金が使えるほど持っていないとすれば、業界関係者の男とつきあうしかない。だいたい、作詞なんて誰だってできるのよ」
「ということは、千鶴子さんは、作詞家になることを諦めたんですかね」