千鶴子の歌謡日記

 土岐は格子硝子の扉を開けて店内に足を踏み入れた。窓際に4人掛けのボックスが2つ、カウンター沿いに2人掛けのテーブルが3つだけの小ぶりの喫茶店だった。先客は、二人だけだった。土岐が2人掛けのテーブルにつくと、茶のエプロンをかけた、バリスタが注文を取りに来た。土岐はアメリカンを注文した。コーヒーグラインダーを手回しする音がして、パーコレーターのお湯が沸騰し、しばらくして、小さめのマグカップをバリスタが持ってきた。土岐はすかさず質問した。
「この上の作詞家協同組合について何かご存知ですか?」
 バリスタは、戸惑いもなく、答えた。
「作詞家協同組合の事務所になっています。フロアーはこの店と同じなんで、20平米もないと思います。人の出入りは、作詞教室のあるときだけで、今日もやっているんじゃないですかね。9時頃終わるんで、帰りに寄ってくれる人がいるんで、閉店時間は10時にしています」
 土岐は時計を見た。7時を過ぎたばかりだ。喫茶店で2時間も粘る気はなかった。バリスタの情報を確認するために、『作詞家協同組合』をネット検索してみた。トップ画面はシロウト臭いベタの文字情報だけだった。下の方に『作詞教室』の案内があった。授業料は安いとは思えないが、立地を考慮するとリーズナブルかも知れない。教室は毎日夕方から開講していて、月木、火金、土日のコースがあった。6時45分に開講し、8時45分に閉講する。
 土岐はアメリカンを飲み切ると、『銀座 スイス レストラン』で検索し、見つかるとアクセスが面を開いたまま、一旦その店を出た。『スイス』は、みゆき通りを狭い路地を新橋寄りに左折した突き当りに会った。ゆっくり歩いたので、10分近くを要した。木造の2階建てで、周囲をビルに囲まれていた。外装を新しくペインティングすれば、メルヘンチックに見えないこともない。飾り窓が大きく、1階の店舗内で男女が食事する風景がうかがえた。土岐は案内に従って、2階の席に腰かけた。メニューをじっくりと検討した。時間がかかりそうな、コース料理を注文した。最初にスープ、次が前菜、サラダ、メインディッシュと続く。土岐はワインリストを時間をかけてながめ、ハウスワインを注文し、時計を観ながら、可能な限り、ゆっくりと食べた。食材をナイフとフォークで小さく刻み、少しずつ口に運んだ。デザートはプチ・ケーキとミルクティーで〆た。