千鶴子の歌謡日記

 幾人かの男と交際した。今思えば、それほど悪くない男、そこそこの男、まあまあの男がいた。わたしは高望みしすぎたのだろうか。妥協すれば、婚約出来たかも知れない。でも、一度しかない人生で、妥協はしたくない。その結果、薹が立ってしまったら、元も子もない。そこで、安井かずみの『古い日記』のような歌が生まれる。
  
  日記から あふれ出る 悲しげな夏を
  訪れた秋の 絵葉書に いま描きとどめて
   秋の陽に 暮れなずむ 夏の日の出逢い
  枯葉が散ったら 気付いたの あなたの愛
   忘れられないあなたの仕種 
  何気ない思いやり でも信じないで
   愛されて いたことに 気付かないでいた
  時雨が降ったら 分かったの わたしがばか
  
  ひびわれた 胸の中 枯葉舞う風に
  想い出している 暖かな あなたの声
    いまよみがえる あなたのことば
  何気ないひとことで すぐ癒された
    知らぬ間に忍び寄る寂しげな季節
   風が冷たく忘れなさいと囁く
    ひそやかに 根をおろす 夏の日の愛に
    秋になるまで 気付かずに 泣く愚かさ
    わたしがばか
  
  知らぬげに 生きてきた 一人でもいいと
  生意気ばかりを 身に纏い でも見守られて
  知らぬ間に愛されて 気付かずにいたの
  一人になったら 分ったの あなたの愛
  今思い出すあなたの言葉 
  何気ないひとことですぐ涙 渇く
  知らぬ間に愛されて 気付かずにいたの
  一人になったら 分かったの あなたの愛
  
 かりに妥協して結婚して、家庭を持って、子供を育てて、わたしはどうなるのだろう。そこで、ベルトルト・ブレヒトの劇中歌のような歌が生まれる。
  
  食べ物がなくっても
  懸命に生きようとする子らがいる
  食べ物がありすぎて
  ごみにする私たちの子供
  学び舎がなくっても
  懸命に学ぼうとする子らがいる
  有り余る文房具
  投げ捨てる私たちの子供
   たぶん 私たちの あしたは こんなだろう
    たぶん 私たちの あっさっても こんなだろう
  
  住む家がなくっても
  懸命に生きようとする子らがいる
  一人部屋あたえられ
  ひきこもる私たちの子供
  戦乱で親が死に
  爆撃で手や足のない子らがいる
  兵役のない国で