千鶴子の歌謡日記

 アリストテレスも恋愛をしたことがあるらしい。かつて、ジャン・ポール・サルトルが、パリのサンジェルマン・デュプレで、『サルトルと知識人』の白井浩司に、
「『嘔吐』の献辞に、カストールに捧ぐとあるが、カストールとは誰のことか?」
と聞かれたとき、彼は、
「それは、ボーボワールの愛称だ」
と顔を赤らめながら答えたという。ボーボワールは、Beauvoirと綴る。一方、ビーバーは英語で、beaverと綴る。ボーボワールを英語読みすると海貍になる。ところで、海貍は、仏語でcastorと綴る。つまり、カストールだ。この二つのことは、ジャン・ポール・サルトルの人間性を示す一つのエピソードを形作るものであるかもしれないが、それにしても陳腐としか言いようがない。ジャン・ポール・サルトルも恋愛にかけては斜視や背の低さに劣等感をいだき、その相貌通りの猿芝居しかできなかったのだ。ただそれだけのこと。彼は契約結婚をするのがやっとだったのだ。そこで、中山大三郎の『夜の銀狐』のような歌が生まれる。

  青春のさなかに受けた傷は
   一生癒されないと信じて
    誰一人愛さず いつもあなたは
     独りぼっちでいる積もり
  それは余りにも寂しすぎませんか
   旅に疲れた枕元で
    優しく語り掛けてくれる人が
     いなくてもいいんですか
      ああ 陽の光が
       こんなにも眩しいのに
        あなたは何故
         顔を背けるのですか

  青春の門出に愛した人は
   一生現れないと信じて
    逢うことも拒んで いつもあなたは
     独りぽっちでいる積もり
それは余りにも悲しすぎませんか
   辛いときでもあなたのため
    励まし勇気づけてくれる人が
     いなくてもいいんですか
      ああ 行く季節が
       こんなにも綺麗なのに
        あなたは何故
         顔を背けるのですか

      ああ 愛すること
       こんなにも眩しいのに
        あなたは何故


十月十五日