千鶴子の歌謡日記

 駅ビルの見えるところまで歩いて来た時だった。やがて店々を暗闇に覆う帷の中に、阿部さんと夏原さんが、ワシントンから銀行のATMの前にかかっている横断歩道を歩いているのを見た。わたしは、信号が青になるのももどかしく、銀行のATMから東口に向かってやって来る彼女たちを横断歩道の途中でとらえた。もちろんわたしは、川村さんの行方を尋ねた。彼女らは、
「三人の男の子と四人の女の子はタクシーで六本木に向かった」
と答えた。
「店の名前は知らないけれど、交差点のなだらかな坂に面したスナックに行ったらしい」
という。そして彼女らは、帰りが遅くなるので、一緒に行くのを断ったのだ。
 わたしは、地下道の中で、JRで帰るという彼女らと、地下鉄を利用するという口実でわかれ、六本木に向かった。六本木についたのは、九時近かった。絶望がわたしを囲繞していた。そこで、高橋掬太郎の『酒は涙か溜息か』のような歌が生まれる。

  しるべなき日に
   今日もひとり
    酒に沈んだ
     希望見つめる
しるべなき日の
     恋歌は
      囁くあなたの
       吐息のようだ

  夢や希望は
   眩しすぎて
    荼毘の炎に
     くべてしまった
    しるべなき日の
     暁は
      煌めくあなたの
       瞳のようだ

  愛も望みも
   限りあれば
    残るこの身も
     いずれ果て行く
    しるべなき日の
     生き甲斐は
      輝くあなたの
       笑顔の形見

 いったい、わたしはどこへ行くつもりだったのだろう。改札で求めたへなへなの切符を手放して、わたしは俳優座の前のなだらかな坂を歩いて行った。昔、父の友人の息子が出演しているというので見たベルトルト・ブレヒトの『三文オペラ』を思い出した。
「フフフ」
と軽い自嘲の笑いがわたしの口吻からもれた。この六本木のどこのスナックに、あの人と川村さんはいるのだろう。いったいどの喫茶店で二人は囁き合っているのだろう。