千鶴子の歌謡日記

と言い出した。その時、彼はすでに消えていた。そして、六人の女の子も。川村さんも姿を消していた。わたしは、井阪さんのしつこい話しかけに惑わされて、彼らが急にいなくなったことに全く気付かなかった。でも、消えてからそれほど時間は経っていないはずだった。
「川村さんがいないわ」
と言いながらわたしは、井阪さんを振りほどいて、いま来た道を引き返した。小さな歩幅で走りながら、急に悲しくなった。ギラギラしたネオンや居酒屋のイルミネーションが、虚しく背後に流れて行った。早くいかなければ、もう会えないかもしれない。濃紺の空がとてつもなく暗く見えた。わたしの心の中にひとかけらの星屑もなかったように。街行く人々は、わたしの焦る心をあざ笑うかのように愉しげに闊歩していた。わたしは幾人もの人とすれ違った。ぶつかりそうになったこともあった。時々、白井さんの後ろ姿に似た人を見かけると、『一握の砂』の石川啄木のように息が止まりそうになる。少し長めの髪、イエローグリーンの木綿のワイシャツ、広い肩幅、滑らかな下顎、ほんの少し青みが勝ったもみあげ――それを求めて、わたしは小走りに、新宿の街を縫って行った。次第に目に涙があふれてきた。それまで、何も見えなかった夜空にネオンサインの光芒を受けて、わたしの泪に屈折した瞬きが映った。その時のわたしには、それが星の滴に見えた。そこで、吉幾三の『酒よ』のような歌が生まれる。

  あなたのいない酒場に
   咲いては散ってく造花の花びら
  場末の寒い酒場で
   杯 持つ手が震えて止まない
    わたしは思う人の世は
     虚しく儚い夢なのか
    いやそれとも 人の世は
     豊かに潤う河なのか
  ほのかに暗いランプで
   黄ばんだ光に歪んだ人生
  あなたはせめて このわたしを
   見捨てはしまいと手酌の深酒

  あなたと別れ 酒場で
   消しては また描くあなたの似顔絵
  あなたが悪いはずなら
   どうしてこんなに自分を苛む
    わたしは思う人の世は
     どうにもならないものなのか
    いやそれとも人の世は
     どうにかなるよなものなのか
  財布の底が酒場の
   終わりね こうして あなたと別れた
  あなたはせめて このわたしを
   見捨てはしまいと思った愚かさ