千鶴子の歌謡日記

 わたしは、裸になって、谷崎潤一郎の『痴人の愛』のナオミのように、わたしを愛撫した。体が少しずつ汗ばみ、次第にわたしの呼吸が乱れてくる。でも、心の虚しいときは、何をしてもむなしい。わたしは虚労状態のようにベッドの上に大の字になって突っ伏した。喉を通る息が無性に苦しく、不規則で荒かった。それだけの動きで、呼吸が荒々しくなるのは珍しかった。
 わたしは、部屋のカーテンを全部閉じた。街の明かりが部屋に入ってこなければ、いくらかでも安らかに眠れるかも知れないと思った。フョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキーの『罪と罰』のラスコーリニコフがソーニャに言われて大地に接吻したように、ほっとしてベッドにひれ伏すと一瞬の暗闇の静謐が身を包んだ。でも、すぐに窒息しそうな感覚が、わたしをとらえた。わたしは、机の上に上がって高窓に顔を近づけてみた。冷房のしっとりとした冷気が、一瞬、わたしの喉を締め付けた。
 わたしは、窓の上の戸棚の奥から、たばことブランデーを取り出した。システムステレオの前に、籐椅子を据えて、円形の硝子テーブルの上にブランデーの琥珀と煙草のメンソールを置いた。白い陶器を灰皿の代わりにして、メンソールタバコを吸った。なんとなく罪の意識がよぎる。そこで、小椋佳の『めまい』のような歌が生まれる。

   青い小さなあなたのお皿に
 組み紐模様の陶器の箸が
     軽く触れれば去り行くあなたの
      艶めく黒髪 輝くようだ
      二人でいても いつも二人は
一人 一人 独りぽっちだった
        互いに心通わせることなく
        離ればなれになるやり切れなさ
   赤い大きなあなたの茶碗に
    空っぽの心を虚しく浮かべ
     酒にひたれば去り行くあなたの
      愛しさ 優しさ 濡れた窓に映る

   青い大きなあなたの手袋
    あれほど憎んだ毛糸の肌に
     頬を押しあてぼんやりあなたの 
      素焼きの湯呑みを眺めています
        二人はきっと きっと二人は
         体だけの愛に疲れ果てた
        互いに相手 思いやることなく
         共に傷付け合うやり切れなさ
   赤い大きなあなたのセーター