千鶴子の歌謡日記

 お金ばかりではない。どれほどの美男子でも、時間が経ては見飽きる。彼の汚れた下着を洗濯したいとは思わない。一緒に生活して、耐えられないような彼の欠点を見出したくはない。それは、不可避的だ。そこで歌が生まれる。

  姫鏡台に掛けた帯が
   音を立ててしなだれ落ちる
  指で髪を梳くような
   あなたの愛の仕草はもう
    見飽きてしまったわたしだから
     昔のように胸ときめかない
  街で出逢った時のあなた前が
   ただ ただ ただ懐かしい

  茶のハンガーに掛けた服を
   派手な柄とあなたは詫びる
  指で頬を突くような
   あなたの愛の仕草にもう
    慣れ親しんだわたしだから
     昔のように胸ときめかない
  国を出てきた時のあなたが
   ただ ただ ただ懐かしい

  テレビの上に置いた手紙
   未練な母とあなたは隠す
  深夜テレビ 観るような
   あなたの今の姿にもう
    夢も褪めきったわたしだから
     逃げ出してきた遠い北国で
  波に濡れてた時のあなたが  
   ただ ただ ただ懐かしい


七月二十六日

 人は、しばしば、楽しみを明日に繰り越そうとする。その楽しみが長い間押さえつけられてきたものであればあるほど、人は、ある日突然、何の予告もなくその楽しみの満たされることに、芥川龍之介の『芋粥』の五位のように、ためらいを感じる。もし、その人にとって、その楽しみを成就させることが唯一の生き甲斐であったとしたら、その人は生きがいを満たされた後で失うことに愕然となる。1964年の東京オリンピックの時に、日本中を沸き立たせた女子バレーボールチームの熱狂は、どこに消えたのだろう。今や、彼女たちは何を語ることができるだろう。今の彼女たちは、いったい何なのだろう。