千鶴子の歌謡日記

    いい加減さとり開きな


七月二十四日

 夏休みまでの一週間、わたしは頻繁に彼に会うようになった。学食で出会っても、手を振れば、彼は声をかけてくれるようになった。友達と一緒の時に、彼から声をかけられると、わたしは一瞬呼吸困難に陥り、次に有頂天になる。あの人はどんな女の子が見たって、絶世の美男子なのだから。それに、遊び好きな女の子なら、たいていあの人の名前を知っている。わたしは、彼と知り合いになれただけでうれしい。彼が、友達の見ている前で、わたしに声をかけてくれれば、それだけでわたしの自尊心は擽られる。
 わたしは、彼と誰もがうらやむような恋愛がしたい。そして、その勝利者になりたい。そう考えないことには、今のわたしは、少しも燃えないし、興奮もしない。なぜなら、わたしは会おうと思えばいつでも会えるようになったのだから。電話番号も交換したし、住所も教えてもらった。顔を見たければ、昼休みにコーヒーショップの前に行けばいい。少なくとも、週に三日は彼は必ずそこにいる。夜中に声を聞きたくなれば、電話をかければいい。
 障害は全くない。逢いたいのに会えないという茨の壁はどこにも聳えていない。贅沢かも知れないが、障害があったほうがいい。障害があれば、ない方がいいと思うが、なくなればあったほうがいいと思う。何んという矛盾。そこで、さだまさしの『精霊流し』のような歌が生まれる。

  あなたは 嘆くでしょうか
   姉の形見 捨てたこと
  黒い袷の 衿を正して
   姉を偲んだ 濡れ縁
    黒い喪服に 風がそよいで 絡んでいます
  陽溜まりの濡れ縁に 線香の香 しめやかに
   黒いおくみに まつわりついて 
    揺らいでいます
  あなたの溜め息 あなたの呟き
   襖の影で 忍び聞いては
    いけないですか

  あなたは 愁うでしょうか
   姉の部屋を 貰うこと
  久留米絣の 膝枕して
   姉と語った 濡れ縁
    紅い鼻緒に 風がそよいで 絡んでいます
  陽溜まりの濡れ縁に 雛罌粟の香ほのやかに
   赤い羽織に まつわりついて 
    揺らいでいます
  あなたの微笑み あなたの眼差し
   眩しいけれど 見つめていては
    いけないですか

  あなたは 戸惑うでしょうか
   長い手紙 書いたこと
  友禅染の 裾を乱して