依頼者が添付してきた地図によると、自宅は理工系大学のあるキャンパスの反対側の住宅街だ。駅の正面口から右方向に、左手にバス停を見ながら、細い商店街を北上する。そこから徒歩5分ほど、という依頼者の案内があった。2分ほど歩くと、こ洒落た洋菓子店があった。土岐は躊躇なく入店した。
「いらっしゃいませ」
とアラフォーの普段着の女店員が目尻に小皺を寄せて愛想笑いで土岐を迎える。土岐はショーウインドウを物色する。ショートケーキやモンブランやエクレアやアップルパイなどの定番商品が並んでいる。手頃な価格のものを探す。土岐はアップルパイに目を止めた。ショーウインドウには「大」が展示されていたが、値札を見ると、「大・中・小」の3種類がある。大きさが直径で、センチで表示されている。
「このアップルパイは切り売りしていないんですか」
と土岐はわざと展示されていないものについて聞く。
「申し訳ありません。カット売りをすると、アップルがはみ出て、ショートケーキと違って、劣化するので、・・・小でいかがでしょうか」
「そうですか。それじゃ、小をお願いします」
 土岐は最初から小を買う予定だった。
 女店員は土岐に丸い背を向けて、小さな白い箱にアップルパイを小奇麗に入れて、包装をしている。土岐は背後から世間話のような声をかけた。
「この近くに、水原さんというお宅があるらしいんですが、ご存知ですか」
と聞く。依頼者の自宅は添付されていた地図ですでに確認しているので、必要のない質問だった。
「ええ。奥様がよく見えます」
と女店員は眉根を寄せて訝しそうにちらりと土岐を見て答える。
「おいくつぐらいですかね」
「奥様の、お歳ですか?」
「ええ」
と言いながら、店員は包装し終った箱をショーウインドウの上に両手を添えて置く。
「50歳ぐらいだと思うんですが、お若く見えます。専業主婦みたいで、ときどき、テニスのラケットやゴルフクラブをお持ちになって、お歩きになるのを見かけます」
と言うのを聞いて、土岐は生活には困窮していないと判断した。
「旦那さんはみかけませんか」
「一度、ご一緒にご来店いただいたことがあると思うんですが・・・」
「どんな感じの方ですか」
「・・・ちょうど、ほかのお客さんもいて、ちょっと混んでいたもので・・・」
「まあ、男性が奥さんと一緒に洋菓子店にきて、ケーキを物色することもないでしょうね」