毎日、あの人と出くわすのではないかと、ひやひや。出くわしたいけれど、出逢ったときの心の始末が収拾がつかなくなるのではないかと懼れている。でも、いつもわたしはあの人と出会うことを期待している。何て、裏腹な心なのだろう。
土曜日のテニスの練習には行かなかった。大学で、川村さんに会うと、
「なぜ来なかったの」
と詰問されそうなので、会わないようにしている。
今日、あの人を食堂で見かけた。ミニスカートをはいて、テニスのラケットを持った女子学生と、何かを話していた。わたしは、逃げるようにして、すぐその食堂を出て、別の食堂に行った。その時のわたしの心の中には、何か重苦しいものがとぐろを巻いていた。あの人が女子学生と話をしているのを見かけたときの、キュンと胸を締め付けられるような感覚が、今でも残っている。嫉妬だろうか。まさか、たかが食堂で話をしていたくらいで。でも、あの女子学生は、髪が長くて肌の白い、一見美人に見える人だった。あの女子学生が、あの人とどういう関係であれ、わたしの心の中に変化のあったことは確かなこと。あの光景を見なければ起こらなかったはずのわたしの心の変化――それは茨のコルセットをしているような痛み。まるで、太い麻縄で胸をきつく縛られているような圧迫感。嗚呼、何でわたしの感受性は、ガラス細工のトランプのお城のように繊細にできているのだろう。白井さんが、わたしにはっきりと好意を示したのならともかく、そうでもないのに嫉妬に似た感情を抱くなんて。ううん、これは、決して嫉妬なんかじゃない。嫉妬というのは一度、好意を示されて、それを陰で裏切られたときに起きる感情なのだから。わたしは、彼に一度も好意を示されてはいない。ただ、わたしは嫉妬であると錯覚しているのに過ぎない。でも、嘘でもいいから、
「すきだ」
と言ってほしい。そこで、ニコラ・サレルノの『夢みる想い』のような歌が生まれる。
あなたの嘘を信じて
甘い夢を見たい
不幸ばかりに愛された青春は
ズタズタに引き裂かれて
いまは見るかげもない
バラバラのアルバム
だから ねえ ねえ ねえ あなた
嘘をつくならば優しく
せめて ねえ ねえ ねえ あなた
信じられる嘘を
あなたに夢を貢いで
待てば死にたくなる
恨み言だけ繰り返す悪い癖
土曜日のテニスの練習には行かなかった。大学で、川村さんに会うと、
「なぜ来なかったの」
と詰問されそうなので、会わないようにしている。
今日、あの人を食堂で見かけた。ミニスカートをはいて、テニスのラケットを持った女子学生と、何かを話していた。わたしは、逃げるようにして、すぐその食堂を出て、別の食堂に行った。その時のわたしの心の中には、何か重苦しいものがとぐろを巻いていた。あの人が女子学生と話をしているのを見かけたときの、キュンと胸を締め付けられるような感覚が、今でも残っている。嫉妬だろうか。まさか、たかが食堂で話をしていたくらいで。でも、あの女子学生は、髪が長くて肌の白い、一見美人に見える人だった。あの女子学生が、あの人とどういう関係であれ、わたしの心の中に変化のあったことは確かなこと。あの光景を見なければ起こらなかったはずのわたしの心の変化――それは茨のコルセットをしているような痛み。まるで、太い麻縄で胸をきつく縛られているような圧迫感。嗚呼、何でわたしの感受性は、ガラス細工のトランプのお城のように繊細にできているのだろう。白井さんが、わたしにはっきりと好意を示したのならともかく、そうでもないのに嫉妬に似た感情を抱くなんて。ううん、これは、決して嫉妬なんかじゃない。嫉妬というのは一度、好意を示されて、それを陰で裏切られたときに起きる感情なのだから。わたしは、彼に一度も好意を示されてはいない。ただ、わたしは嫉妬であると錯覚しているのに過ぎない。でも、嘘でもいいから、
「すきだ」
と言ってほしい。そこで、ニコラ・サレルノの『夢みる想い』のような歌が生まれる。
あなたの嘘を信じて
甘い夢を見たい
不幸ばかりに愛された青春は
ズタズタに引き裂かれて
いまは見るかげもない
バラバラのアルバム
だから ねえ ねえ ねえ あなた
嘘をつくならば優しく
せめて ねえ ねえ ねえ あなた
信じられる嘘を
あなたに夢を貢いで
待てば死にたくなる
恨み言だけ繰り返す悪い癖


