千鶴子の歌謡日記

   一通の返事もない
    あなたは一つも読まずにいたの
  手紙をくれと抱きつき縋った
   あの あなたが
許して欲しいとわたしを避ける
     昔の あなたに
     昔の あなたに
      戻って欲しいだけ

 でも今日は、つきあって上げた。ひまだったし。彼は、わたしの心の一つの尺度になるかもしれないと思ったから。わたしが彼に会って、何を感じるか、それを知りたかった。わたしが、この半年間にどのように変化したか、その影響がどれほどなのかも知りたかった。
 彼は、金髪のひょろ長いカナダ人と一緒にわたしを迎えに来た。電話では、そんなことは一言も言わなかった。そして、車に乗ってから、
「この人を羽田まで送るんだよ」
とぬけぬけと言った。わたしは、彼のそういう嫌らしいやり方をすっかり忘れていた。彼が、ただ単に、羽田の夜景を見るために、わたしと二人で行くはずはないのだ。彼の魂胆は、明白。彼の心理はガラス張りの家のように、中までよく見える。彼は、そのスケルトンの家の中で、ソファーにふんぞり返っているのだ。わたしに、外国人の知り合いのあることを自慢げに見せつけ、流暢な英語を話せることと、片言のフランス語を語れることを自慢したかったのだ。わたしもかれも第二外国語はドイツ語だから、フランス語を語れることは、わたしを感心させるだろうと彼は考えたのだろう。いつ暗記したのか、シャルル=ピエール・ボードレールの『L’Ennemi』を暗唱した。
Ma jeunesse ne fut qu’un tenebreux orage,
Traverse ca et la par de brilliants soleils;
Le tonnerre et la pluie ont fait un tel ravage,
Qu’il reste en mon jardin bien peu de fruits vermeils.
 ああ、不愉快、もう彼には会うまい。京都人が来客に、
「ぶぶづけでもいかがどす」
と言ったら、それは、
「いい加減に帰れ!」
という意味だ。わたしに、
「帰れ」
と言わせるな。
「帰れ」
と言えばわたしは、いけ好かない人になる。わたしはいい人なのだ。だって、わざわざ長居している客人に、親切にも、ご馳走したいから、
「ぶぶづけでもいかがどす」