千鶴子の歌謡日記

 行ってみると、彼はコートで一人でサーブの練習をしていた。彼も相手がまだ来ていないのだ。わたしは、急いで着替えをした。彼の相手が来ないことを祈りながら。ロッカーを出て、小走りにコートに出ると、彼はまだ一人でサーブの練習をしていた。フラット・サービスとスライス・サービスとトップスピン・サービスを打ち分けていた。彼の打ったボールが金網にあたって鈍い音を立ていた。その時のわたしの足はすでに宙に浮いていた。テニスシューズがアンツーカーの上でふわふわ浮いていた。走り出さないように抑制するのがやっとだった。
 何と言って話かけようか?「こんにちは」じゃ、気が利かないし、第一、彼のところまで声がとどく自信がない。大声を出すのは、はしたないし、かといって、彼の近くまで行って言うのもおかしい。そんなことを考えていたけれど、結局、何も言わずに、彼がわたしの方に視線を向けたとき、少し頭を下げただけだった。
 わたしは、彼のサーブを返球してあげることを思いついた。そうすれば、たぶん彼の方から、
「打ちませんか」
と言ってくるだろうと考えた。その時、彼が、金網越しに、コートの外に向かって、
「遅いぞ」
と声をかけた。見ると、背の低い眼鏡を掛けた井阪という男が笑いながら走ってきた。
 わたしは、その男が来るまで、一人でサーブの練習をしていた。井阪という男は、コートに走ってくると、わたしに、
「一緒に打ちませんか?」
と声をかけてきた。
「奴はうまいから、ダブルスで打ってちょうどいいんですよ」
と言って、不細工な愛想笑いをした。井阪という男は明らかにわたしに気がある。目つきや表情を見ただけでそう感じるから不思議。子どものころは、そう感じても、自分の勘違いかも知れないと思っていたけど、いつのころからか、確信に変わった。でも、井阪さんに対して、わたしはその気はない。そことは井阪さんは分かったいるのだろうか。そこで、フランシス・レイの『パリのめぐり逢い』のような歌が生まれる。

  ローマの昼下がり 
  気だるい太陽
  荒れた海辺に   
  息詰まる恋
  Ah, amore, amore: Ah, ah, ah, amore
  愛されることしか知らない
  あなたがどんなに傷つこうと
  愛された なぜ   
  愛されて 愛されて
  愛せずに ナポリ
  愛された私が悪い