ジャック・モノの『偶然と必然』は、なんて親切なめぐりあいの寄贈者なのだろう。半ば忘れかけていた白井ケンイチに出会ったのだ。そして、今度は強靭な靭帯を伴って。わたしは、彼に会う面会許可証を得た。それは、彼がクラウン・クラブをやめない限り、向こう一年間有効なのだ。
川村さんとは、出席番号が近いというだけの理由で、入学してから今日までなんとなくお喋り友達になっている。彼女が、三年になって、
「また、テニスをしたい」
と言った。
「お腹の脂肪が気になるの」
と言っていた。その彼女が彼女の家の近くにあるテニス・クラブに一緒に入らないかとわたしを誘った。彼女の家が、もしわたしの登校の途中の駅の近くになかったとしたら、わたしは断っただろう。そして、もし彼女からの申し出のあった日の昼休みに、文学好きなゼミの先輩に会っていなかったら、わたしは彼女の申し出を快諾していなかったかもしれない。武田というペダンティストの四年生は、マーサ・エリス・ゲルホーンの『言論の自由と権力の抑圧』をパラつかせながら、
「基本的人権の精神的自由が卒論のテーマだ」
と衒学的な専門用語を会話の端々にちりばめながら、とくに文學における表現の自由をやりたいといった。そしてまた、彼は、
「文学雑誌の編集もやっている」
と付け加えた。わたしが、
「伊藤整のチャタレー事件の猥褻文書の解釈は、あなたの卒論に関係するかもしれませんね」
というと、彼は、三島由紀夫の『宴のあと』のプライバシーと表現の自由についてぶった。言うことがなくなると、
「自分の刊行した雑誌をあげるから部室に来てみないか」
とわたしを誘った。下心が丸見えだったが、わたしは咄嗟に断りのうまい口実が頭に浮かばなくて、仕方なく彼のあとに従った。
わたしは、文学は嫌いではない。でも、研究するほど文学に惚れてはいない。むしろ、青白い文学青年を見ると、鳥肌が立つほど反吐が出る。
「小説は文学という学問ではない。小さな説だ」
川村さんとは、出席番号が近いというだけの理由で、入学してから今日までなんとなくお喋り友達になっている。彼女が、三年になって、
「また、テニスをしたい」
と言った。
「お腹の脂肪が気になるの」
と言っていた。その彼女が彼女の家の近くにあるテニス・クラブに一緒に入らないかとわたしを誘った。彼女の家が、もしわたしの登校の途中の駅の近くになかったとしたら、わたしは断っただろう。そして、もし彼女からの申し出のあった日の昼休みに、文学好きなゼミの先輩に会っていなかったら、わたしは彼女の申し出を快諾していなかったかもしれない。武田というペダンティストの四年生は、マーサ・エリス・ゲルホーンの『言論の自由と権力の抑圧』をパラつかせながら、
「基本的人権の精神的自由が卒論のテーマだ」
と衒学的な専門用語を会話の端々にちりばめながら、とくに文學における表現の自由をやりたいといった。そしてまた、彼は、
「文学雑誌の編集もやっている」
と付け加えた。わたしが、
「伊藤整のチャタレー事件の猥褻文書の解釈は、あなたの卒論に関係するかもしれませんね」
というと、彼は、三島由紀夫の『宴のあと』のプライバシーと表現の自由についてぶった。言うことがなくなると、
「自分の刊行した雑誌をあげるから部室に来てみないか」
とわたしを誘った。下心が丸見えだったが、わたしは咄嗟に断りのうまい口実が頭に浮かばなくて、仕方なく彼のあとに従った。
わたしは、文学は嫌いではない。でも、研究するほど文学に惚れてはいない。むしろ、青白い文学青年を見ると、鳥肌が立つほど反吐が出る。
「小説は文学という学問ではない。小さな説だ」


