千鶴子の歌謡日記

   命の奴隷
  戻れ 再び
  この腕の中

  逢えぬ恋しさ
  あなたの優しさ
   心乱して
    いま甦る 
 あなたがいないと
   空蝉だから
    帰れ 帰れよ 我が恋人よ

 男の人とめぐりあうとき、いつもわたしは別れるときのことを考える。それがわたしの精神衛生の作法。そのわたしがあなたとの別れだけは考えなかった。別れるなんて考えられなかった。わたしが迂闊だったのだろうか。あの人についてはもう何も言うまい。あの人の素晴らしさは無限。遠ざかって行く者に、誰しもが感受する哀惜を差し引いても、あの人のことを有限な紙片に書き尽すことはできない。単なる感傷なら、だれが一体これほど灼熱の哀惜の阿修羅場に転落しよう。それはより賤劣な欲情、理性を超絶した嫉妬という名の情念。
 ああ、わたしは対自人間であるよりも、対自の第二の性であるよりも、それ以上の即自動物でありたい。そうであればあの人を奪えたかもしれない。自尊心を投げ捨ててあの人の足元に跪いたら、女のわたしにはとても言えない言葉を投げかけたら、あの人は…いや、もうよそう。悲しいことにわたしはやはり女、一人の男を奪い取るほどの生命力はない。哀れな女よ。男を選ぶことができず、場末の温泉場の商店の軒先に並べられた埃をかぶった売り物のこけしのように、男に選ばれることしかできない女よ。恋敵の女性より美しいと自惚れながらも、かえってそのために、自尊心の外套を脱がず、愛するに値する人の同情の心すら得られない。愚かな女よ。
 夏になれば他の人を愛するだろう。でも、その人にあの人の未練がましい面影を求めて、結局満たされることはないだろう。初めて婚意を持った男の憧憬は、容易に消えることはないだろう。そこで、中島みゆきの『わかれうた』のような歌が生まれる。

  あなたとの巡り逢いはわたしに
  言い知れぬ心の痛みを残して行くわ
  どうしてかけがえのない喜びに
  いつも いつも背かれるのか
   わたしには分からない

  出逢えば気まずい
  逢えなければ逢いたい
  逢えれば別れたい
  別れればまた逢いたい

  あなたとの語り合いはわたしに
  束の間の空しい言葉を言わせてしまう
  どうして待ちわびていた逢い引きに
  いつも いつも騙されるのか
   わたしには分からない