千鶴子の歌謡日記

 笑うと鏡の中の空気に漣が立つ。顔を顰めると、玻璃の面が凝縮する。首を振ると弥勒菩薩半跏思惟像の仏頂面の様に表情が変わる。目を大きく見開くと、鏡の中は白濁した白内障の飴のようになって、クリスタル・スカルの眼窩に吸い込まれる。涙を流すと玻璃板が寒さに震える。怒ると銀箔の面に亀裂が走る。悄然とすると鏡は羸痩する。――それは、ミステリー。三島由紀夫が絶賛した、中井英夫の『虚無への供物』のような。そこで、桑田佳祐の『鏡』のような歌が生まれる。

  君は一人で何を思い悩むの
  いつもお部屋で何をふさぎ込むの
   美しいドレスを 
    持たないからですか
  目を閉じて鏡をごらんなさい
   そこには美しいドレスを纏った
    君の優しさ

  君は今夜も外へ出かけもせずに
  窓に広がる街を眺めている
   気の利いた言葉を
    言えないからですか
  目を閉じて鏡ごらんなさい
   そこには気の利いた言葉もいらない
    君のまごころ

  君は優しい だから美しい人
  みんな待ってる君の思いやりを
   美しいドレスに
    心がありますか
  目を閉じて出て来てごらんなさい
   そこには美しい心を待っている
    君の恋人


四月二十二日

 鳥居強右衛門は死後の名声を夢見て磔になったのだろうか。名を残したことを知らずに死んだとすれば、悲しい。
 死後の名声を知らないアメデオ・モディリアーニやフィンセント・ヴィレム・ファン・ゴッホ?の絵画が好きだ。死後のオークションで付いた値で自作が売れれば、早世することもなかっただろう。金銭の苦労が、寿命を縮めた。佐伯祐三も早世したが、画風の華やかさの所為か、なぜか悲劇性を感じない。
 生前、名声を手にし、女漁りのために作品を乱造したパブロ・ピカソやクロード・モネの絵画は嫌いだ。壮年以降の作品に魂の叫びが感じられない。