千鶴子の歌謡日記

 そんなことよりも、行けども、行けども、果てしのない、男の肩甲骨を連想させるような広大な銀色の砂漠。砂粒の洪水。熱砂の無間地獄を旅する隊商にとって、強烈な太陽光線の容赦のない直射からくる疲憊よりも、オアシスのないこと、そのことを知らないという絶望的な無知、わたしにとっては、このことの方がずっと焦慮すべきこと。そこで、喜多郎の『シルクロード』に合わせた歌が生まれる。

  遠い街の 想い出に
   ひとり揺られ 駱駝船
  ここも涙 楼蘭びとの
   溜め息ばかり 砂の城
  夢も望みも 時に埋もれて
   五千年の 愛は幻

キャラバンの 足取りを
  星に訊ね 崑崙へ
  渇き切った 水辺に君の
   面影揺れて 蜃気楼
  熱い想いも 遥か彼方に
二万呎  山は紅

  絹の道の 温もりを
   探し求め イスタンブール
白いドーム 回教モスク
   君の瞳に 蒼い海
  旅の終わりに 愛を伝えて
五千哩 シルクロードよ

 帰りの電車の中で、彼が自分の指導教授の話をしてくれた。指導教授の研究テーマは、彼がゼミ学生の頃は、「低開発国経済」だった。それが彼が大学院の修士課程に進学すると「発展途上国経済」になった。さらに博士課程に進むと「アジア経済」になった。そして、去年、失意のうちに定年退職となった。わたしは、彼の自尊心を擽ってあげるために、質問した。
「なんで、失意の内に、なの?」
「指導教授の研究テーマは、いかにして韓国や中国の経済を発展させるか、ということだった。現実は、先生の論文は、紙くずになった」
「なんで?」
「日本企業が、カネ・ヒト・モノ、全てを提供したら、簡単に経済発展をとげた。定年後は、趣味のアコースティック・ギターを弾いているが、聴けたもんじゃない」
「なんで?」
「ナルシソ・イエペスの『アルハンブラの思い出』を弾こうとしているんだが、聴けたもんじゃない。トレモロが、「チントロ・チントロ」としか聞こえない」
 そこで、フランシスコ・タレガの『アランブラの思い出』を聞きながら、歌が生まれる。

  赤い城には季節の雨が
    銀色のヴェール めぐらせる
   回教モスクに女の溜め息
     誰がいとしと流す涙か

  青い絹にはアンダルシアの
    踊り子の舞いがよく似合う