千鶴子の歌謡日記

       懐かしい 懐かしい
       涙の出るほどに
  心の中に悲しみが
   溢れ出すとき
    わたしは一人 寂しく涙ぐんだ
  それはただ ただ若き日の悲しみ

  夜の街に沢山人が
   うごめき合っていた
    それを駅のベンチの上で
     一人 見つめていた
       なんでこんなに人がいる
       なんでこんなに騒がしい
       帰りたい 帰りたい
       心の故郷に
  雑踏の中で悲しみが
   溢れ出すとき
    わたしは不意に佇み 一人ぼっち
  それはただ ただ若き日の悲しみ


一月十九日

 秀才の彼と銀座のスイスで、グラタンを食べて、帰りに喫茶店マロンに寄った。そこで、思いがけず、彼の経済講義を聞くことになった。嘘か本当かハッタリか、門外漢のわたしには判断がつかない。
 彼が言うには、バブル崩壊以降の日本経済の低迷の根底的な原因は、日本の教育にあるという。そもそも日本人一人の所得が増えない理由は、労働効率が上昇しないからだという。
「たとえば、労働者が使う機械が2倍になれば、生産も2倍になる。労働効率は2倍になる。企業が生産の増えた分だけ給与を増やせば、所得は2倍になる」
と彼。
「じゃあ、機械が増えなかったということ?」
「そういうこと」
「じゃあ、機械を増やせば所得も増える?労働者は多くの所得が欲しいから、機械を増やせばいいのね」
「機械を増やすのは、企業だ」
「じゃあ、企業に機械を増やせと言えばいいのね」
「企業は、売れるという見込みがなければ、生産を増やさないから、機械も増やさない」
「でも、所得が増えれば物を多く買うようになるから、売れるんじゃないの?」
「残念ながら、労働者は所得の増えた分だけ、モノを多くは買わない」
「なぜ?わたしはバイトを多くして所得が増えれば、増えただけ洋服を買ったり、旅行したりして、全部使うけど」
「それは君がお父さんの扶養家族だからだ。学生は経済社会の少数派で、例外なんだ。労働者の多くは、所得が増えても、同額の消費を増やさない。君のお父さんもそうだと思うけど、取締役になって所得が増えたとしても、何割かは、貯蓄として、預金するはずだ」
「かもね。お父さんケチだから」